53 過去と未来 【53-1】

53 過去と未来

【53-1】

『思い出の人』

偶然の仕事依頼で、折原さんは昔、お付き合いしたことのある女性と再会した。


「色々、互いにあっただろうけれど、今更それを語り合っても仕方がないからって。
10年ぶりに会っても、相変わらずのドライな人だったな」


折原さんは、もうひとつグラスを出すと、缶のお酒を半分にする。


「はい」

「ありがとう」

「愛梨さんから、ちょっとした情報は入っていたみたいでさ。
あの折原君がって、何度も言われた」

「どういうこと」

「ん?」

「あの折原君って……」


あの折原君……

高橋さんが感じ取っていた折原さんのイメージ。


「うん……あの当時の無気力で、自分勝手な俺が、
こうして人と一緒に暮らしていることに、驚いたって」


人の目を気にして、親の思いを気にして、小さく生きてきた日々。

高橋さんは、そのことを知っているから、だからそう言うのだろう。


「『幸せ』という思いは、自分から得るものだと……そう……」



『幸せ』



「ほら、こうして美味しい食事があって、話を聞いてくれる人がいて、
好きな仕事が出来て……って、うん」

「うん……」

「あの当時とは比べ物にならないくらい、満ち足りた生活をしているって、
自信があるから。だから、高橋さんの『幸せ』が、そのタンスにあるのなら、俺、
なんとしても理想のものを作ってあげたいなと、そう思った」



『幸せ』



高橋さんの幸せ……


「ごちそうさま」


折原さんは全てを食べ終えると、食器を自分で流しへ運び始めた。

私もわけてもらったお酒を飲み干し、グラスを流しに入れる。


「……ということで、昔話と仕事の話しで、遅くなりましたが、
話したことは、これが全てです。納得していただけましたか」

「……はい」


高橋都さんがどんな女性なのか、それなりに理解できた。

自分が幸せになったと思えるからこそ、関わっていた人たちにもそうなってほしい。



私だって……



幹人にも幸せになって欲しいと、心のどこかでいつも思っている。

きれいに食べてくれたお皿と、満足そうな笑顔は、

間違いなく今、私の手の届くところにあって……


「あの塩野さんがね、とっても綺麗な人だったって興奮気味に話してくれたから、
高橋さんは相当美人なのね」

「ん? うん……そうだな、今も綺麗だった」

「……ん?」


今、全てを認めたはずなのに、たった一言でまた……


「わかりやすく表情を変えないでください」


私の気持ちを見抜いたのか、折原さんがまた笑い出す。

私は食器を洗い終えると、そばにあったタオルで手を拭いていく。


「何も言っていません。ただ、美人なんだってそう思っただけで……」

「いやいや……」


何かを言い返そうとしても、また笑われてしまいそうで。

そう、本当は心のどこかで、届かない思い出に嫉妬しているからかもしれない。

振り返ろうとしたとき、腕をつかまれた私は、そのまま体が壁の方へ……


「ちょっと……」

「言葉だけじゃ、物足りないのかなぁ……」


後ろにも横にも逃げ場がなくて、自由にならない場所は唇と指先に支配されていく。

まだ、やらなければならないことがあるからと、頼りないセリフで、

その場を納めようとするが、心だけは形がないくせに、さらに前へ出て行って……


続きを求めてしまうような声を、出すまいとするのに、

気持ちは勝手に、彼の動きに応えてしまう。


過去の女性に、過ぎ去った思い出に、嫉妬している自分の熱が、

『愛している』という感情に代わり、どんどん向かってしまう。



抑えられなくなる……



少し乱された自分の姿が、彼の背中越しに、食器戸棚のガラスに映る。

全体は見えないけれど、一部分でも見えることがさらに気持ちを高めてしまって、

長い吐息の中で、私は彼の首に腕を回し、もっと先へとねだってしまう。

指先だけではなくて、もっと彼自身を感じたい。



今は、私を愛してくれていると……そう、全てで感じたいから……



「もう……」


これ以上、ここに立っていることが出来そうにない。


「わかっている」


互いに荒くなる呼吸を隠すように、唇を合わせていく。

抱きかかえられた私は、その後訪れる幸せを全て受け止めようと、

ぬくもりの中に目を閉じた。




【53-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【高橋都】
『青峰大学』の講師を務める女性。
紘生が学生時代、お付き合いをしていた人で、女優の『工藤美貴』に似ている。
家族に対する悩みを持ち、複雑な日々を送ってきた。

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