53 過去と未来 【53-2】

【53-2】
『高橋都』さん。

次の日、目覚めてからも折原さんは彼女の話をしてくれた。

大学時代から優秀で、『高井物産』へ就職を決め、

大学も奨学金をもらう成績で、卒業した。


「大学に戻っているとは思わなかったな。海外に出たいってよく言っていたから」

「海外かぁ……でも『高井物産』なら、確かにそういう仕事があったでしょうにね」

「うん……大学生の頃、彼女から話を聞いていた俺なんて、
自分が外へ行くとは思ってなかったから、ただ、へぇ……って聞き続けてたけど」


そう、予想もしていなかった折原さんの方が、家族から逃げ出す形とは言え、

何年間か、海外生活をすることになった。

人の運命は、確かにわからない。


「何か近いものがあれば、参考にするから、写真でもプリントでもとっておくように、
話したけど、すぐに動くかな」


次の駅で、降りたら事務所になる。

結局、朝からずっと『高橋都』さんの話が続いていて……


「ねぇ、『FREE』の仕事だけど」

「うん」


なんだろう、そのままになるのが嫌で、私は話題を変えた。



なんだか、幼い焼きもちだけど。





「はぁ……」

「どうしたのよ、優葉ちゃん」

「そうそう、元気ないね」


その日の昼休み。いつもの3人で『COLOR』へ向かう。

今日は揃って『エビスパ』。


「別れた元彼が、なぜか近頃メールばっかり寄こすんです。『元気?』とか、
『仕事どう?』とか。携帯番号変えようかな」

「別れた彼氏が? やだ、それって、会って欲しいってことじゃないの?
うわぁ……ダメだよ。会うと変な情が出るかもしれないし、
ほら『スクランブル』みたいに」


道場さんは、テレビドラマを例に出し、男と女は複雑なようで単純だから、

気持ちが変わるかもしれないと、優葉ちゃんに警告する。


「絶対にないです。絶対にないない! あいつの浮気で別れたんですよ。
もうねぇ、地獄の底に落ちてしまえって今でも思ってますから」


優葉ちゃんは、別れたということ自体で互いを拒絶しているのだから、

その人のことなどどうでもいいと、強く否定する。



『だから、高橋さんの『幸せ』が、そのタンスにあるのなら、俺、
なんとしても理想のものを作ってあげたいなと、そう思った』



自分が『幸せ』だと、他の人の『幸せ』も願えるもの。


「優葉ちゃん」

「はい」

「私も、その人と会わないほうがいいとは思うけれど、
地獄の底とは、思わないほうがいいよ」

「……長峰さん」

「いい思い出もたくさんあったでしょ」



『知花……』



そう、私にもいい思い出は、いくつもあった。

人を憎むことで、思い出まで憎んでしまうのは、もったいないから。


「うーん……」

「優葉ちゃん、今、彼と幸せなのだから。どうしても嫌なら、
メールを断ればいいじゃない。急にアドレス変えてしまうのもねぇ……」

「知花ちゃん……大人なんですね」

「大人? そうかなぁ」

「そっか、折原さんと一つ屋根の下になったから、余裕なんだな」



ん?



一つ屋根の下……



「優葉ちゃん……それ」

「はい、伊吹さんが今朝、言ってましたよ。あいつら同棲しているんだってさって」


私は、飛び出しそうになる心臓を落ち着かせようと、

出されたお冷を一気に飲んだ。



折原さんが伊吹さんに話してしまったことがきっかけで、

結局、『DOデザイン』全社員に、私たちの新生活はオープン状態となってしまった。

伊吹さんは、秘密だとは知らなかったよと、悪びれずに笑い、

社長は、あの大島さんのマンションなら、贅沢な暮らしだなと重ねてくれる。



隠している必要はないかもしれないけれど、

オープンにする必要があったのだろうか。



「はぁ……」


その日の夕方、事務所に残ったのは、私と道場さんだけだった。

工藤美貴の仕事、今日はここまでにして、そろそろ……


「長峰さん」

「何?」

「昼間話していたことなんですけど」

「昼間?」

「はい、本当に思っていますか?」


昼間に話したこととは、どういうことだっただろう。

優葉ちゃんの愚痴を聞きながら……


「あの……別れた人にも、幸せになって欲しいというような……」

「あぁ……」


そうだった。道場さんは幹人のことを知っている。

私と幹人がまだ、付き合っていた頃、写真を見せられたことがあると、

そう言っていたっけ。


「そっか、道場さんには過去の恋愛、知られているんだった」

「すみません、また余計なこと言って」

「ううん……」


どういういきさつで別れたのかまでは話していないが、

結婚寸前まで行ったわけだから、色々あったことは考えなくてもわかるだろう。


「そう、彼にも幸せになって欲しいと私は思っている。
正直ね、別れたときには、嫌なところが目に付いていたけれど、
でも、自分にもたくさん悪いところがあったって、気付かされたしね」


私がもっと、自分を出せていたら。

幹人も勘違いすることなく、受け入れてくれたかもしれない。

力のバランスを崩すことなく、新しい形を作れたのかもしれない。



「黒田さん、結婚されますよ」



道場さんは、『林田家具』にいる同期から聞いたと、教えてくれた。




【53-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【高橋都】
『青峰大学』の講師を務める女性。
紘生が学生時代、お付き合いをしていた人で、女優の『工藤美貴』に似ている。
家族に対する悩みを持ち、複雑な日々を送ってきた。

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