53 過去と未来 【53-3】

【53-3】

『幹人の結婚』

相手は、『林田家具』の札幌工場から転勤してきた女性で、式は6月だという。


「そうなんだ……」

「はい。実は、同期から年明け早々に聞いてはいたんですけど、
長峰さんに言うべき話ではないのかなと思っていました。
でも、長峰さんも折原さんと新しいスタートを切っているし、昼間に、
過去のこともって、話していたから」


幹人が……結婚する。


「うん……」


彼にも時間が流れているのだから、こういう話があってもおかしくはない。

むしろ、きちんと時間が進んでいたことがわかり、ほっとした気持ちの方が、

大きい気がする。私は道場さんが、情報提供してくれたことに感謝した。

今更、幹人に電話をして『おめでとう』という必要もないし、

向こうだって会いたくはないだろう。

それでも、結婚が破談になってから、どこか後ろ向きに見えた幹人が、

前を向き進んでいることがわかっただけで、自分も温かい気持ちになれる。


「私の友人は、黒田さんに憧れていたので、ショックを受けてましたけど」

「あ……そうなんだ」

「はい。無理だって言いましたけどね、何度も。いいんですよ、勝手に憧れて、
勝手に振られているんですから」


幹人が選んだ人だから、きっと、料理は上手な人だろう。

男性をしっかりと立てて、家庭を守っていくに違いない。



本当によかった……

私は、自分の片づけをしながら、何度も心の中で頷いた。





「結婚?」

「そう。今日道場さんが教えてくれたの。
昼間にね、優葉ちゃんたちと食事をしている中で、
偶然、別れた人がどうなっていて欲しいかという話になって。
私は幸せになってくれたらってそう言ったものだから、実はって教えてくれて」

「へぇ……」

「よかったって、本当に思えたから」


幹人と別れた後、私には折原さんがいてくれた。

そばで支えてくれる人がいたことは、本当に力強かったけれど、

心のどこかで、彼だけを置き去りにした気がして、

関係ないと思っていても、完全に消し去れなかったところもある。


「別れた人……か」

「はい」


私には幹人。折原さんには、高橋さん。


「そう、この間、言われたよ俺」

「言われた?」

「高橋さんに再会して、このタンスの仕事で、あなたが幸せだと思ってくれたら、
それがって話をしたら、人の幸せを願えるのは、自分が幸せだからだねって」



『幸せ』



確かにそうかもしれない。

心に余裕がないときには、人のことなど考えていられなかった。

どうしようとか、困ったとか、オロオロするだけで、いつのまにか笑顔も消えていて……


「幸せだと思ってくれているんですね、折原さん」


当然ですとか、そうですよとか、言葉が戻ると思っていたのに、

何も戻ってこない。『幸せ』だと感じているのは、私だけなのだろうか。


「もう、卒業しませんか」

「卒業……ですか」

「そう。成り行きとはいえ、事務所のメンバーにも、
こうして暮らしていることが知られてしまったし、もし、呼んだとしても、
笑ってごまかせますよ」


好きになった人と、時間を共有したいという自然な流れ。


「折原さんっていうのも……いささかねぇ」


食事をして、1つのお酒を、二人で分けること。

まだ、生活はスタートしたばかりだけれど、その流れが日課になった。

今日も、私たちの前には、一つの缶と、二つのグラス。


「まぁ、強制するものではないですが」



『紘生』



紗枝さんが、あまりにも自然に、そう呼ぶこと。

どこかでひっかかりを持っていたのは、間違いなくて……

名前を呼ぶことは、やはりどこか特別で……


「俺は、幸せですよ。毎日4時過ぎから、
どれくらいもぞもぞしながら生きていると思います?」

「もぞもぞ?」

「今日は、何を食べられるのかなって……」


折原さんには特に好き嫌いがない。

だから、何を作っても大丈夫だと思うと、何でもチャレンジ出来る。


「ありがとうございます。これからも折原さんのご期待に応えられますよう、
頑張り……あ……」


折原さん……

そう呼んでしまった。




【53-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【高橋都】
『青峰大学』の講師を務める女性。
紘生が学生時代、お付き合いをしていた人で、女優の『工藤美貴』に似ている。
家族に対する悩みを持ち、複雑な日々を送ってきた。

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