55 見えないもの 【55-3】

【55-3】
「幹人……」

「久しぶり、元気そうだね」

「……うん」


幹人、また『NORITA』の担当になったのだろうか。

あの喫茶店でさよならとしたときには、前の仕事に戻れるような話をしていたけれど。

頑張っていた出世のレール。外れてしまったのだろうか。


「幹人、また『NORITA』の担当なの?」


思わずそう聞いてしまった。

幹人は『エッ……』と驚いたような顔をする。


「あ……いや、違うんだ。今日は特別にここへ」

「特別?」

「あぁ……。担当していた営業マンがちょっと急病で1ヶ月くらい戻れなくてさ。
秋には別の担当が決まる予定なんだけど、その間だけ、俺が代わりに」


急病になってしまった部下の代わりに、上司である幹人が、仕事を引き継いだ。

とにかく、幹人の仕事がおかしくなったわけではないことがわかり、ほっとする。


「知花……」

「何?」

「左手どうした、湿布貼って……って、少し腫れてないか」

「……あ……あぁ、これ、ちょっと部屋でつまずいた」

「つまずいた?」


湿布を貼り付けた左手。

幹人に指摘されたので右手を横に並べてみると、明らかに太さが違った。


「気をつけろよ」

「……うん。相変わらず抜けてるの、私」


そう、幹人によく、こんなふうに言われていた。

幹人も思い出したのか、少しだけ笑顔になる。


「知花は、何? これから『NORITA』に営業?」

「うん……頼まれているものがあって」

「そうか。あ……『ジュエリーボックス』さっき、見てきたよ。
とても人気があるって部長も喜んでいた。『林田家具』でも、話題に上がったんだ」

「ウソ」

「ウソじゃないよ。丁寧なデザインだって……」


今、交わされているのは、本当の会話なのだろうか。

幹人が、私の仕事を話題にしてくれるなんて、考えてもみなかった。

私のデザイナーとしての部分など、いらないと思われていたし、

仕事を続けることに対して、嫌な思いしか持っていないとそう……


「よかったな、知花。おめでとう」

「幹人……」

「俺には、知花の仕事の才能が見抜けなかったんだなと、つくづく思ったよ」


幹人は照れくさそうに笑い、そう言ってくれた。

『おめでとう』の言葉が、何倍にも膨らんで、私に戻ってくる。


「そんなことはないよ。あの頃は仕事に対して、全然前向きではなかったし……」


いや、仕事だけではなく、全てにおいて、前向きではなかった気がする。


「あ、そう……。幹人もおめでとう。結婚、するのでしょ」


私のことなんてどうでもいい。過去を思い出しても仕方がないのだから。


「どうして知ってるの」

「ほら、『インテリアラウンド』の賞を取った道場さん。
彼女、うちに途中入社したでしょ。それでも、今も『林田家具』に友達がいて、
その話を教えてくれたの」


道場さんの友達も、幹人に憧れていて、少しショックを受けていた話も、

付け加える。


「いや……」


幹人は、穏やかな表情で、楽しそうに笑ってくれた。

幸せな結婚に向かっているから、きっと、明るく笑えるのだろう。


「結婚して、秋から『カナダ』に行くことになった」



『カナダ』



私と幹人が結婚して、行くと思っていた出世への道。

少し遅れたけれど、幹人はちゃんと……


「そう……」

「うん……」



『いいよ、好きにして。でもカナダには行ってくれ。格好がつかない』



すれ違っていた頃のセリフが、ふと頭をよぎる。

あれから1年半以上の月日が経った。


「カナダの後に、合併した企業との仕事があって、
その後も、しばらく『ニューヨーク』になりそうなんだ」

「『ニューヨーク』?」

「あぁ……」


『林田家具』はアメリカの家具製作では老舗とも言える中堅企業を、

昨年の暮れ、買収したという。


「それじゃ、すぐには戻らないんだ」

「おそらく、2、3年は向こうかな」

「へぇ……」



よかった……



幹人は、自分の実力で、きちんと道を切り開いていた。

私がそばにいた頃よりも、もっともっと広い道。


「すごいね、幹人」


こまめに電話をしたり、営業マンとして必死に歩いて、話して、獲得してきた仕事。

一歩ずつの積み重ねに、この地位を与えてもらったのだろう。


「すごいのか? いや、うん……まぁ、すごいのかもな」


そういうと、幹人はまた楽しそうに笑ってくれた。

こんなふうに優しい笑顔……私に見せてくれたことがあっただろうか。



優しくて、満ち足りている笑顔……



互いの今を知り、気持ちが満たされたからなのか、言葉が続かなくなった。

無理に会話をしなくても、見せてくれた表情が、聞かせてくれた声が、

全てを表せているから。


「『NORITA』に行くんだろ。ごめんな、引き止めて」

「ううん……そんなことない。会えて……」



会えて……



「会えて嬉しかった」



そう、会えて嬉しかった。

別れを切り出して突き飛ばされた日が、いや、イベントで嫌みを言われた日が、

ごめんねと謝られた日が、最後にならなくて本当によかった。



本当の意味で、対等に話ができたことが、何よりも嬉しくて……



悲しいこともたくさんあったけれど、でも、それはこの日への一歩だったと、

そう思えてくる。


「知花……」

「何?」

「頑張って」


私は、そう言ってくれた幹人に向かって、しっかりと頷いた。

幹人も、納得してくれたのか、何度も頷いてくれる。

そして……


幹人に差し出された右手。


「うん……」


私はしっかりと握り締める。


「それじゃ」

「うん……幹人も頑張ってね」

「うん……」


握り締めた手を離し、互いに別の方向へ歩き出す。



自分に自信があり、しっかりとした意見を言える彼が好きだった。

頼りがいがあって、どこまでも着いていけると思える後姿に、強く惹かれた。



懐かしい思い出が、頭の中を駆け巡る。



『さよなら……お幸せに』



去っていく幹人の後ろ姿に、『最後』の言葉をかけた。




【55-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
好きなインテリアのテイストはというアンケート。
1位は『シンプル』、2位は『北欧』、3位は『和風』。
心が落ち着くというのが、一番の理由。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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