55 見えないもの 【55-6】

【55-6】
一人で乗る電車、一人で歩く道。

今まではそれを寂しいと思ったことなどなかったのに、

紘生と一緒に住むようになってから、逆におかしくなった。

見なくてもいいところも見えるし、知らなくてもいいことも知ってしまう。

互いに別の場所を持ち、気の向いたときだけ会っていれば、

ここまで不安になることもなかったのだろうか。



『頑張れよ』



幹人……



私は、肩にかけたバッグのひもを握ろうとして、その手を止めた。

また、思い切りつかむと、痛みが走るかもしれない。



『どうした……』

『どうしたの?』



幹人にも、優葉ちゃんにも、工藤さんにも気にしてもらうほど腫れた左手。

でも、紘生の視線には入っていなかった。



話をしなければ……



また、同じようなことを繰り返すのは嫌だし、黙っていても誤解を生むだけ。

言いあいになっても、私がどう思っているのか、それを知ってもらうことが、

何よりも大事なのだから。


それは、私が今までで学んだこと。

このケガを無駄にしないように……


紘生ならきっと……わかってくれるはず。


一歩ずつ前に進みながら、そう何度も繰り返した。





あまり見たくもないドラマと、とりあえず今日の出来事を知るニュース。

見終えて、チューハイの缶を飲み終えても、玄関が開くことはない。

携帯だけはすぐ取れるように、目の前に置いてある。


「さてと」


使ったコップを流しに出そうとしたとき、携帯が着信を告げる。

私はすぐに戻り、相手を確認した。



『お母さん』



九州に旅行中の母からの電話。


「もしもし」

『もしもし、知花?』

「うん……」


母は、楽しそうに旅行でのエピソードを色々と語ってくれた。

お土産をここに送るから、正式な住所を教えて欲しいと言われる。


「いいのに、お土産なんて」

『何言っているの、いいのよ。知花にだけなら気をつかわないけれど、
ほら、折原さんがいるでしょ。旅行のことも知っているでしょうし、
親として何もしないのも、ちょっと気になるし』


母は、『親として』という言葉を、そこからも数回使った。

私が大好きなものも入れた、九州をどっさり詰め合わせたようなお土産は、

明日にでも届くらしい。


『……どう? 知花』

「どうって何?」

『ん? 一緒に暮らしてみると、色々と見えてくるものもあるでしょうから。
どうなのかなと思って』



『見えてくるもの』



いや、見えなくなってしまったものの方が、今は大きい気がする。


「大丈夫だって。楽しい旅行中くらい、そんなこと考えずに夫婦で過ごしなさいよ。
私も知己も、もう立派な大人なんですから。自分のことは自分で考えます」

『わかってますけどね』


そう、私は親に泣き言を言う年齢ではない。

自分で何でも解決していかなくては……



しかし……

母からの電話を切っても、夜が更けていっても、紘生は部屋に戻ってこない。

携帯にメールを入れるけれど、その返信もなかった。

日付も代わりそうなので、もう眠ろうかと思うのに、あと少しだけと携帯を見る。


「あ……」


ライトが点滅したので、紘生かと思い慌てて取ってみると、

相手は弟の知己だった。

シャンプーが切れてしまって、どこにあるのかわからないという、

とんでもない電話。


「いつもお母さんに頼ってばかりいるからそうなるのよ」

『頼ってばかりってさぁ、知らないよ、シャンプーの場所なんて。
おふくろ、きちんと言っていけっていうの』

「それが頼っているって言うのよ、もう!」


そう知己に言い、わからなければコンビニにでも行って買いなさいと電話を切った。


「全くもう……」


ガミガミ言っていたときには少しだけ忘れていたけれど、

静かになった途端、また、重たい空気が押し寄せてくる。



私は今、ここに一人でいるのだという……

重たい、重たい空気。



明日は、オフなのに。



重たい朝をまた、迎えることになるのだろうか。



どこで眠ったらいいのかタイミングがわからず、

見たくもないテレビをしばらく見続けた。




【56-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
好きなインテリアのテイストはというアンケート。
1位は『シンプル』、2位は『北欧』、3位は『和風』。
心が落ち着くというのが、一番の理由。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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