才能がないことくらい、紘生だってわかっているのだから。
ここは……
「紘生」
「何?」
私は、スケッチブックを取り出し、紘生に差し出した。
本当にくだらないいたずら書きのようなものだと、付け加える。
「見ていいの?」
「うん……全然、参考にはならないと思うけれど、でも、何かかけらでもあれば、
埋もれているよりいいかもって」
そう、アイデアのかけら。
「知花が嫌なら、無理にいいよ」
「大丈夫。笑われる覚悟はしたから」
いや、呆れて口を開けられるかもしれないけれど、それでもいい。
紘生は私の隣に腰かけ、デスクにスケッチブックを置くと、閉じ紐を取った。
開ける瞬間、心臓がドキドキしてしまって、深呼吸しないと、苦しくなりそう。
紘生はゆっくり、そして1枚ずつ、私の過去と向き合ってくれる。
横に座って、それを一緒に見ている勇気はないので、
その間に私は帰り支度を進め、バッグを持つ。
ここからも少しだけ見えるスケッチブックの色。
デザインに色をつけて、どんな場所に似合うのかと、あれこれ考えた。
宮廷に暮らす人が座る椅子や、収納にこだわったチェスト。
そう、あの『COLOR』にあるチェストを作る前に描いた絵。
確か、それもあったはず。
未熟なデザインの数々を、紘生はじっと真剣な目で、追っている。
5分……
さらに5分。
「ふぅ……」
スケッチブックは閉じられた。
「知花」
「何?」
「これ、しまい込んでないで、もう一度見てみるといいよ」
紘生はそういうと、スケッチブックを私に戻してくる。
私自身、これを見直すことなどそういえばなかった。
「笑えちゃうほど、身勝手なデザインでしょ。色々考えていないし、
構図もあまいし……」
「いや、デザインの可能性は無限だなと思った」
紘生は、私らしいラインもあるし、少し考え方を変えるだけで、
今でも製品になるようなものがあると、そう言ってくれた。
縛られていない、自由という強さ。
確かに、それはあるだろう。
「この中にあった『学者の机』ってタイトルのデザイン。これ……」
『学者の机』
そういえば、昔、小菅さんが依頼を受けた仕事。
大学教授の男性が、自宅の書斎で使う机と椅子。
私は、自分が関係しているわけではないのに、勝手に描いたことがあった。
「俺……もらってもいいかな」
「もらう?」
「うん」
紘生はそういうと、自分の席に戻り、机の一番下から、薄いファイルを取り出した。
その中から出されたのは、1枚の紙。
どこかで見た覚えがある……
どこだろう。
「俺が考えている、仕事の机と椅子なんだ。
重みのある素材で、デザインもシンプルだけれど、飽きのこないものでって……」
このデザイン……
小さなこたつの上……
思い出した。そうだ、あの日。『ナビナス女子大』の仕事で、
猪田さんに嫌みを言われ、雨の中で長い時間立たされた日。
高熱を出して、家に戻った後、そう、紘生がうちに忘れていったデザイン。
あれに似ている。
「これ……」
「これは、俺が注文する机と椅子なんだ」
「紘生が?」
「うん」
これだけしっかりとした机と椅子を、紘生が作るというのだろうか。
デザインをする机と言うよりも、そう、大学教授などがたくさんの資料を置いて、
長い時間調べ物をするような……
会社の社長が、たくさんある大事な書類に目を通し、サインをするような……
会社の社長……
そうだ、きっとそうに違いない。
紘生が注文する、この家具。
「紘生、これ、もしかしたらお父さんに?」
紘生は無言のまま、小さく何度か頷いた。
【58-1】
《 Dressing人物紹介&豆知識 》
≪Dressing 豆知識≫
『アンティーク』とは、骨董品や古美術品、
または伝統様式の家具のことを示すが、
輸入税関の法律では、製作後100年を経たものとされている。
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57 親の背中 【57-6】
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