57 親の背中 【57-6】

【57-6】
才能がないことくらい、紘生だってわかっているのだから。

ここは……


「紘生」

「何?」


私は、スケッチブックを取り出し、紘生に差し出した。

本当にくだらないいたずら書きのようなものだと、付け加える。


「見ていいの?」

「うん……全然、参考にはならないと思うけれど、でも、何かかけらでもあれば、
埋もれているよりいいかもって」


そう、アイデアのかけら。


「知花が嫌なら、無理にいいよ」

「大丈夫。笑われる覚悟はしたから」


いや、呆れて口を開けられるかもしれないけれど、それでもいい。


紘生は私の隣に腰かけ、デスクにスケッチブックを置くと、閉じ紐を取った。

開ける瞬間、心臓がドキドキしてしまって、深呼吸しないと、苦しくなりそう。

紘生はゆっくり、そして1枚ずつ、私の過去と向き合ってくれる。

横に座って、それを一緒に見ている勇気はないので、

その間に私は帰り支度を進め、バッグを持つ。


ここからも少しだけ見えるスケッチブックの色。

デザインに色をつけて、どんな場所に似合うのかと、あれこれ考えた。

宮廷に暮らす人が座る椅子や、収納にこだわったチェスト。

そう、あの『COLOR』にあるチェストを作る前に描いた絵。

確か、それもあったはず。

未熟なデザインの数々を、紘生はじっと真剣な目で、追っている。



5分……



さらに5分。



「ふぅ……」


スケッチブックは閉じられた。


「知花」

「何?」

「これ、しまい込んでないで、もう一度見てみるといいよ」


紘生はそういうと、スケッチブックを私に戻してくる。

私自身、これを見直すことなどそういえばなかった。


「笑えちゃうほど、身勝手なデザインでしょ。色々考えていないし、
構図もあまいし……」

「いや、デザインの可能性は無限だなと思った」


紘生は、私らしいラインもあるし、少し考え方を変えるだけで、

今でも製品になるようなものがあると、そう言ってくれた。

縛られていない、自由という強さ。

確かに、それはあるだろう。


「この中にあった『学者の机』ってタイトルのデザイン。これ……」



『学者の机』



そういえば、昔、小菅さんが依頼を受けた仕事。

大学教授の男性が、自宅の書斎で使う机と椅子。

私は、自分が関係しているわけではないのに、勝手に描いたことがあった。


「俺……もらってもいいかな」

「もらう?」

「うん」


紘生はそういうと、自分の席に戻り、机の一番下から、薄いファイルを取り出した。

その中から出されたのは、1枚の紙。



どこかで見た覚えがある……



どこだろう。



「俺が考えている、仕事の机と椅子なんだ。
重みのある素材で、デザインもシンプルだけれど、飽きのこないものでって……」



このデザイン……



小さなこたつの上……



思い出した。そうだ、あの日。『ナビナス女子大』の仕事で、

猪田さんに嫌みを言われ、雨の中で長い時間立たされた日。

高熱を出して、家に戻った後、そう、紘生がうちに忘れていったデザイン。



あれに似ている。



「これ……」

「これは、俺が注文する机と椅子なんだ」

「紘生が?」

「うん」


これだけしっかりとした机と椅子を、紘生が作るというのだろうか。

デザインをする机と言うよりも、そう、大学教授などがたくさんの資料を置いて、

長い時間調べ物をするような……

会社の社長が、たくさんある大事な書類に目を通し、サインをするような……




会社の社長……




そうだ、きっとそうに違いない。

紘生が注文する、この家具。


「紘生、これ、もしかしたらお父さんに?」


紘生は無言のまま、小さく何度か頷いた。




【58-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『アンティーク』とは、骨董品や古美術品、
または伝統様式の家具のことを示すが、
輸入税関の法律では、製作後100年を経たものとされている。

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