58 家族の形 【58-3】

【58-3】

「小暮さん、あとお願いね」

「あ……はい」


塩野さんは、取引している銀行に提出書類を出しにいくと言い、

事務所を出て行った。優葉ちゃんは扉が閉まるのを確認すると、一度息を吐く。


「ふぅ……」


塩野さんは、特に優葉ちゃんに厳しくしているわけではないと思うけれど、

やはり優葉ちゃんにとっては、上司とも言える存在だけに、

いるのといないのとでは違うのだろう。


「知花ちゃん」

「……何? 私?」

「そうですよ。気をつけたほうがいいですよ。
知花ちゃん、塩野さんのようになりますからね」

「……は?」


優葉ちゃんは、付き合いを始めて、同棲をし始めると、タイミングがわからなくなり、

塩野さんのように、中途半端な状態が長く続くのではないかと、

そうお節介なことを言い始める。


「折原さんはそういうタイプじゃなさそうだけど」

「そうですか?」

「折原さんは、自分のタイミングを計っているだけじゃないのかな」


道場さんは、折原さんは社長のように、長すぎる春にはしないだろうと、

そう分析してくれた。優葉ちゃんは、男はわからないと、首を振る。


「実際のところ、出ないんですか? そんな話」


優葉ちゃんと道場さんの視線が、私の方へ向かってくる。


「あ……塩野さんが戻ってきた」

「エ……ウソ」


優葉ちゃんは、すぐに書類を広げ、電卓を意味なく弾き出す。

もちろん塩野さんが戻ってくるわけもなく。


「……ひどい」

「人のことは、放っておいてください」


私はそういうと、『ダイニングテーブル』のデザイン画を持ち、

『NORITA』へ電話をかけようと受話器を上げる。


「あ……」


道場さんが玄関の外に立つ人に気付き、優葉ちゃんが振り返った。


「あ……工藤美貴」

「エ……」

「に……似ている人」


扉の外に立っていたのは、高橋都さんだった。





「突然、お仕事中に来てしまってごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですけれど、折原さんが」


紘生は、高橋さんが来ることを、知っていたのだろうか。


「いえ、いいんです。今日は折原君に用があるわけではないから」

「そうですか」

「もう少し早く来るつもりだったのに、九州への引越しの準備とかで、
あれこれかかってしまって」


そうだった。高橋さん、彼を追って、九州へ行くとそう……


「折原君に、こんなふうに助けてもらうことになるとは、思っていなかったわ。
大学で初めて会ったときには、こう……完全にバリアを作っている人に見えたから」


高橋さんは、紘生と初めて大学で会ったときのことを話してくれた。

『折原製薬』の跡取りとして、その立場を外すようなことは出来ないと、

心を閉ざしているようにさえ見えたという。


「あまり自分のことを語らなかったし、人のことも聞かなかったから。
色々な事情を抱えていた私には、面倒なことを言わない、楽な人だった。
うん、きっと、折原君もそうだったと思う」


高橋さんの事情。この間、紘生から聞かせてもらった。

紘生とは違った形だけれど、『親』に苦労させられ生きてきた人だった。


「折原君が、家具のデザインに興味があって、それを仕事にしたいと思っていたことも、
何一つ知らなかったから、大島さんから名刺をもらって、本当に驚いたの。
彼は『折原製薬』を継いでいるとばかり思っていたし」

「はい……」

「だから、再会してその変わった姿に、本当に驚いた。それと同時に、
不思議でしょうがなかったの。
あの折原君が、どうしてこれだけ一生懸命になってくれるのだろうって」


高橋さんは、紘生が、最初は頼んだ家具のデザインを描いていたのだけれど、

彼だと勘違いしたお父さんにつかまってしまい、

あれこれ話を知ることになったのだと、そう説明してくれた。


「うちは、家族構成が複雑で。父とは血のつながりはないのだけれど、
でも、私を育ててくれた人は誰かと言われたら、間違いなく父しかいなくて」

「はい」

「自分の人生が、うまく回らないのは、もう仕方のないことだって、
諦めていたつもりだったの。でもね、折原君が、それは絶対にダメだって、
それからずっと説教されて」

「お説教ですか」

「そう……親の存在に負けてはダメだって。
それは互いのために一番よくないことになるからって」


誰かを傷つけ、傷つけられ、人は生きているからこそ、

中途半端になることが、一番互いを不幸にする。


「人生をともに歩く人は、『親』じゃない。信じられる人が出来たら、
きっと運命も乗り越えられるからって、何度も、何度も……」


信じられる人。


「折原君にとっては、長峰さん、あなたがその人なのだと、そう言ってました」

「私が……ですか」

「そう。同じ夢を追えて、どんな自分もそのままでいいと受け入れてくれる人だって」


高橋さんは、そんな紘生の後押しで、自分も踏み出す勇気が持てたのだと、

話してくれた。以前、紘生に聞いた話とほぼ内容は変わらないけれど、

高橋さん本人から聞けると、また違ったものが見えてくる。



紘生自身が、『親』を乗り越えようとしているという事実。



「そう、ハプニングとはいえ、外泊もさせてしまったでしょ。
心配かけてごめんなさい」

「あ……いえ」


大丈夫ですと言おうとして、言葉が止まってしまった。




【58-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
男性の料理教室なども盛んになっているが、
アンケートを取ると、実は、一番やりたくない家事
(お金を出してもいいから、人に頼みたい)は、『料理』という結果。

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