58 家族の形 【58-4】

【58-4】

あの日は確かに、不安で仕方がなかった。

『大丈夫』ではなかったから。


「大丈夫ですと言いたいところですが、そうでもなくて」

「そりゃそうよね、本当にごめんなさい」

「あ、いえ、もう大丈夫ですけど」


あの日があったから、もうひとつ乗り越えたものがある気がすることは、

間違いない。


「あの日はね、母が友達の家から急に姿を消してしまって」

「お母さんが……ですか」

「そうなの。母のことも折原君から聞いているでしょうけれど、
とにかくわがままな人で。九州行きに反対だとか、自分を捨てるのかとか、
好き勝手なことを並べて、それで、急に」


子育てよりも、女であることを選ぶ高橋さんのお母さん。

体が弱ってきたからといって、急に母親のカードを取り出してくるのは、

それはずるい。


「みんなであちこち探して、見つけて、話し合って……そうしたら朝になってしまって」

「はい」

「折原君に、彼女に連絡したのと聞いたら、大丈夫だからって、そう言って……」


『大丈夫』

どこからそんな思いが出てくるのだろう。


「男って、勝手よね。私、言ったの。外泊して大丈夫な女の人なんていないから、
すぐに戻ってあげてって。そうしたら、うちは平気ですみたいに言っていたけれど……。
そうよね、大丈夫なわけないのよ」


高橋さんは、何かを思い出したのか、そこで急にクスクスと笑い始めた。

私が不思議そうな顔をしていることにも気付いたのだろう。

ごめんなさいと何度も謝ってくれる。


「いえ……」

「違うの、思い出したらおかしくて。あのね、折原君、あの後部屋に戻ったら、
長峰さんがいなかったのでしょ」

「あ……はい」


外泊されて、不安な気持ちが処理し切れなくて、私は小菅さんのところに、

愚痴を言いに向かった。


「私、彼女に謝ったのかってすぐに電話をしたら、長峰さんがいないって言うでしょ。
それはまずいんじゃないかって、脅かすために言ったら、
おそらく千葉の実家だろうって、余裕ありそうにそう言ったの」


心配してくれた高橋さんの電話に、紘生は私が実家に戻ったとそう言ったという。


「ところがよ、それから10分後くらいかな、急にかかってきて」

「電話……ですか?」

「そうなの。実家のご両親が九州に旅行中だったって、
折原君、急にバタバタし始めて」


長峰の両親が旅行中だったことに気付いた紘生は、

そこから一気に慌てだしたと、高橋さんが教えてくれた。


「大丈夫だなんて言って、顔色はわからなかったけれど、
あの口調と動揺ぶりは、相当どうしようと慌てていたはずよ」


知らなかった。

小菅さんのところで、初めて紘生からの電話を取って、

勝手に外出したことが申し訳なく、慌てて部屋へ戻った。

その裏で、そんな話があったなんて。


「慌てていたのでしょうか」

「慌てていたって……千葉のご実家だって、信じ込んでいたから、
違うと思った瞬間から、もうどうしていいのかわからなかったのでしょ。
逃げ出したお母さんは落ち着いたのかとか、九州の彼と連絡が取れたのかとか、
人のことをあれこれ言っていたけどね」


最初はからかっているつもりだったが、紘生が本気に心配し始めたので、

高橋さんはそこから、女性は急に買い物をしたくなったりするものだと、

色々励ましたという。


「きっと……長峰さんの気持ちに、気付いたんじゃないかな」


私の気持ち……


「一人、部屋で待っている、不安な気持ち」


小菅さんのところから戻ると、紘生は駅で待っていてくれた。

私が電車に乗っている間に、小菅さんから電話があったことは話してくれたけれど、

高橋さんとの会話は、今日、初めて聞く。


「高橋さんと電話をしていたってことは、今、初めて聞きました」

「あら……本当?」

「はい。あの日、職場の先輩のところに遊びに行っていて、で、その先輩が、
彼に私が不安がっているという電話をしてくれたらしいんです。
その話しは聞きましたけれど……」


高橋さんとの会話を、紘生が語らなかった理由。

なんとなくわかる気がするけれど。


「あら……それじゃ、まずかったかな、こうしてバラしてしまった事」


高橋さんはそういうと、また楽しそうに笑い出す。


「男って、格好つける生き物だって、あらためて思いました」

「本当、本当……」


紘生も、あの日、それなりに慌てていたのだろう。

高橋さんとの電話では、その慌てっぷりが見えてしまうから。

だから、私には隠していたに違いない。


「完成品、楽しみに待っていますって、折原君に伝えてくれますか」

「……はい」

「一生、大切にします」

「はい」


『手作り家具』の魅力は、その人の求めるものを、限りなく表現できること。

そして、作りたいと思った気持ちも、そこから生まれる日々も、

一生宝物のように、重ねていけることだと思う。


「お幸せに」

「ありがとう。長峰さんこそ……お幸せに」

「ありがとうございます」


紘生が好きになった女性は、素敵な人だった。

思い通りにならない運命に潰されず、頑張って生きてきた。

彼と九州に行き、新しい日々を気付いていくのだろう。

私は『COLOR』を出た後、高橋さんが駅に向かう階段で姿が見えなくなるまで、

黙って見送った。




【58-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
男性の料理教室なども盛んになっているが、
アンケートを取ると、実は、一番やりたくない家事
(お金を出してもいいから、人に頼みたい)は、『料理』という結果。

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