58 家族の形 【58-5】

【58-5】

「……何にやにやしているわけ?」

「にやにやなんてしていません」


その日の食事の時間。

普通に会話をして、食べ終えて、ちょっとだけ晩酌中。

どうやって高橋さんが来たことを話そうかと、つい、鼻がムズムズし始める。


「言いたいことがあるのなら、ハッキリ言ってくれたらいいんだけどな」

「言いますよ」

「どうせ、高橋さんが事務所に来たってことでしょうが」

「……あれ?」


なんだ……


「今日の午後でしょ。事務所に電話をしたら、『工藤美貴』に似ている人が来たって、
小暮さんが話してくれましたから」


優葉ちゃん……やはりあの口を閉じておくことは、とても難しかった。


「色々と大変な思いをさせてしまったって、そう話してくれました」

「うん」

「九州に行くって、とっても幸せそうで」

「うん」


そう、それは本当にそう思えた。

私は高橋さんを知らないけれど、あの笑顔はきっと、安堵の思いもあるのだろう。


「外泊させてしまったことも謝ってくれましたし、紘生が……」



私が部屋にいなくて、慌てていたことも……

いや、それは……


「うん……」


やめておこう。なんだかそんな言い方をしたら意地悪く聞こえそう。

紘生だって、プライドもあるだろうし。


「どうせ、俺が慌てていたとか、そんな話をされたんでしょ」

「エ……」

「はい、そうですよ。慌てました。部屋に戻ったら知花がいなくて。
千葉の実家だと思い込もうとしたけれど、ご両親が旅行中だったことに気付いたら、
そこからパニックになるくらい、俺、慌ててたから……」

「……パニック?」

「そう、帰りが遅くなってばかりで、ケンカして、外泊してしまって。
もしかしたら、知花はもう、ここに戻ってこないのかな……って」



紘生……


「考えれば考えるほど、マイナス要素が強くなっていて、いや……うん」


紘生はグラスをテーブルに置くと、スッと立ち上がった。

テレビの前に置いたソファーの方へ移動し、私に背を向けた形になる。


「紘生……」


私が本当に、この部屋を出てしまったのかもと、心配したのだろうか。

ほんの少し、ちょっとだけ、反抗していた気分だったのに。


「あの……」


どうしよう。紘生を責めるつもりはなかったのに。

とにかく横に座って。そんなに深刻にならないでよと、言わないと……


「ねぇ……」


私が顔を覗き込むと……

紘生の手が頬に触れて……自然と唇は重なった。

別に、責めたいわけでもないのだから、もう……あの日のことはどうでもよくて。


「……ねぇ、紘生」


そんなふうに、寂しそうにされてしまうと、胸が痛くなる。





痛くなるのに……





「あのね……」


どうしよう。どうしたら……

とにかく、ごめんなさいの思いを込めて、抱きしめてみる。

私は、ここからいなくなったりしないって。



……どうだろう。


「紘生……」

「……って、俺がしおらしくしていると思ったら、大間違いだ」

「は?」

「何、心配そうな顔をしているんだか」

「……ちょ……ちょっと」

「知花はおもしろい。すぐに慌てだすから」

「だって……」


全くしおらしくなかった紘生の腕に押さえられた私は、

気付くとソファーの上で横になっていて……

そこから……


完全に紘生の作戦に、はめられてしまった。



たまには、『参った』と言わせたいのに、いつも私のほうが負けてしまって……



なんだか片付けとか、もう一杯のお酒とか、そんなことはどうでもいい気がし始め、

私は紘生の首に腕を回す。

彼の唇の動きに、少しずつあがる熱を、吐息に変えて逃がしていく。



もういいや……

流しの片付け、後でも……



「ダメだよ、知花」

「……エ?」

「こんなところで甘えていたら、またソファーから落ちて、手首怪我するし」


紘生はそういうと、何事もなかったかのように体を離した。

ソファーには、ボタンの外された服を着た状態の私だけが残される。


「申し訳なさそうな顔をした知花、よかったねぇ……」

「なによ、それ」


勝手に盛り上げておいて、勝手に冷めてしまうなんて。

私は服の乱れを直して、ソファーから起き上がる。


「風呂、入れる?」

「入れますけど」

「……知花、一緒に入る?」


得意げに笑う紘生に向かって、私は返事の代わりに、小さなクッションを投げつけた。




【58-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
男性の料理教室なども盛んになっているが、
アンケートを取ると、実は、一番やりたくない家事
(お金を出してもいいから、人に頼みたい)は、『料理』という結果。

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