60 覚悟の笑顔 【60-4】

【60-4】

机と椅子を、ただ送り返されるだけではなくて、

もっと、大きな問題になってしまったら……



『たとえこれから何が起こっても、俺には知花がいるからって、
そう思えたからこそ、今回のような行動が取れた』



そう、紘生は変わらないとそう言ってくれた。

私も変わらないとそう誓ったのだから。

逃げずに、向かい合わなければ。



止まりそうな古いエレベーターに乗り、事務所の階で降りる。

『番場法律事務所』という名前を確認し、扉を数回ノックした。

『どうぞ』という番場さんの声が、中から聞こえてくる。

私は、大きく息を吸い、また大きく吐き出すと、『失礼します』と言いながら、

扉を開けた。


「突然の申し出だったのに、ありがとうございます」

「いえ……」




目の前にいるのは、番場さん。




だけではなくて……




「その表情は、私の顔を、どこかで見かけたと言うことかな」




紘生のお父さんが、そこにいた。





「長峰さん、どうぞ中へ」

「はい……」


私は、紘生のお父さんに頭を下げ、少し前に進む。

それでも、番場さんが言うように、向かい合うところまでは足が動かない。


「どうぞ、座ってください。私はあなたに文句を言いに来たわけではないですから」

「あ……いえ」

「そうですよ、長峰さん」


番場さんは、小さな冷蔵庫から、缶コーヒーを取り出し、

私の前においてくれた。

なんとかソファーの前に足を押し込み、お父さんの前に立つ。


「どこかで、お会いしましたか」

「あの……駅ビルの、あの紅茶のお店がオープンした日に、
私、お見かけしましたので」

「駅ビル……あぁ、『コンスタン』がデザインに入った、久我さんの……」

「はい」

「そうですか」


紘生のお父さんは、駅ビルの話を軽く番場さんに語りながら、

出された缶コーヒーに口をつける。


「長峰知花さん」

「はい」

「家内からも話しは聞いていましたが、お会いできてよかったです」


『はい』という言葉すら、喉を通らなくなる。

紘生のお父さんは、私の名前を知っていてくれた。


「あいつから、会社に机と椅子が届きましてね。
急なことだし、何も準備していなくて、全く、慌てました」

「はい……」


よかった、机と椅子、届いていた。


「あれは、紘生がデザインをしたということですか」

「はい。紘生……いえ折原さんが、お父さんに贈ろうと、長い間あたためて、
形にした机と椅子です。仕事の途中で飛び出してしまい、一度も謝っていないけれど、
でも、本当に心の底からデザインをやりたくて、その気持ちを精一杯のせたのだと……」


お父さんの期待には応えられなかったけれど、

紘生には、もっともっと求められているものがあるから。


「全く、あいつがあんな形で、イタリアからいなくなるとは考えもしませんでした。
それでも、親のそばにしかいなかった息子です。
一人暮らしもしたことがありませんでしたし、
強がって乗り切れることではないと思っていましたから。
いつ折れてくるかと、楽しみにしていましたが、まさか、ここまで長く引っ張るとは……」


紘生が弾け飛んでから、そう、もう7年が経とうとしている。

親の手助けなど、もう必要ないくらい、彼はきちんとひとり立ちした。


「そんなに魅力のあるものですかね、家具のデザインという仕事は」


紘生のお父さんは、口を軽く結ぶような仕草をした後、

小さく息を吐く。



『家具のデザイン』



私がいくら頑張ってみても、かっこいいことなど、言いたくても言えないのだから、

ただ、心のままに、表せばいいはず。


「魅力的です」


お父さんの顔が、私の方へ向いた。




【60-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
婚約指輪の平均は20~40万。結婚指輪の平均は10~20万。
やはり毎日身につける結婚指輪はデザインが重視され、
飽きのこないものという意識が強い。

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