60 覚悟の笑顔 【60-5】

【60-5】
「木のぬくもりを、その強さや優しさを、求めている人に渡せる仕事は、
他になかなかありません。しかも、一度作ると終わりでもありません。
使い込んで傷がついても、それをまた生かして、新しいものを生み出せますし……」


そう、以前、娘さんが子供の時に使っていた椅子を、

新しい家族のために使うテーブルの一部にしたことがあった。

思い出を入れながら、新しいページを開けるものは、世の中にそれほどないだろう。


そして、戸波さんが見せてくれた桐箪笥。

あの箪笥は、おばあちゃんの長い人生をしっかり受け止め続けた。

汚れを落とし、少し手を加えただけで、古臭さなど姿を消して、

次の世代へつないでいく力がまた、みなぎるようになり……


「依頼主さんが心から願うものを作り出せるのは、本当に嬉しいものです」


大島さんのロッキングチェア。

あれは、小菅さんがカルチャー教室で、細かく細工された机を作ったから、

そこから広がった。基本の形があったとしても、そこにどういうアレンジをするのか、

使いやすく変化させるのかは、私たちデザイナーの力とアイデア次第。


そして、高橋さんの和タンス。

世の中にいる人たちが、みな決まったものが欲しいとは限らない。

『世界にたった一つ』のもの。

思い入れのあるものを作り、大事にしてもらえるものを作れるのはこの仕事しかない。


「折原さんは、本当にその願いのパスが出来る人です」

「願いのパス……」

「思いを形に出来る人ということです」


ただの四角や三角なら、誰にだって描くことが出来る。

紘生が優れているのは、相手と自分の思いを、うまく交差させられること。


「尊敬……出来る人です」


私は、紘生のお父さんの前で、思いのままを語り続けた。



私の発言が終わったと同時に、番場さんが拍手をしてくれた。

大きく頷きながら、そしてその通りだと、口を動かしながら、

私の隣に座ってくれる。


「尊敬ですか……社長、いいですね」


『尊敬できる人』だと、言ったこと。

なんだか番場さんに復唱されると、急に恥ずかしくなってきた。

紘生のお父さんは何も言わずに、黙っている。

家具のデザイナーについて聞いてくれていたのに、

途中から紘生のことになってしまった。


だから私は、話すのが下手。


「長峰さんも、家具デザイナーなのですか」

「はい……」


私はバッグの中から名刺を取り出し、それをお父さんに差し出した。

紘生のお父さんはそれをしばらく見つめ、テーブルの上においてくれる。


「では、長峰さんにお願いしましょう」


お願いとは、何を頼まれるのだろう。

番場さんの方を向くと、大丈夫だといいたげに、何度か小さく頷いてくれる。


「紘生が送って来た机と椅子ですが、あれだけのものを入れるとなると、
周りとのバランスがあまりにも悪い。ですので、長峰さんに、ぜひ、
書類を入れる棚も作っていただこうかと、そう思いまして」


発注をしようとしていたのは、番場さんではなかったのだろうか。


「あの……」

「すみません、長峰さん。発注するのはこちらです」


紘生のお父さんが発注してくれる……


「あの」

「あいつがどんなものを使って作ったのか、長峰さんはご存知なのでしょう。
ですから、あの机と椅子に合ったものを、作ってください。
いや、しかし、今度は、支払いをしっかりさせてもらいますよ。
あいつに借りを作るのは嫌ですしね」


紘生が今の仕事をしていくことを、認めてくれるのだろうか。

私たちの未来も……


「あの……認めて、いただけるのですか」


思わず、口から出てしまった。

その一言だけが、聞きたかったから。


「認める……」

「はい。紘生がデザイナーとして……」

「認めることはしません」




認めてくれない……




「私は一生、あいつを認めませんよ。
あいつもそんな言葉を聞こうとは思っていないでしょう。
私は紘生に、『折原製薬』の中軸になるべく教育をして来ました。
息子が生まれた時点で、そう考えてきましたし、出来ると今でも思っていますから」


折原製薬の中に入り、会社を親戚と支えていくこと。

お父さんとお母さんの願い。

いくらデザインで賞を取っても、実力を世の中の人に認めてもらっても、

この壁は……


「しかし、あいつが親のそばを飛び出して、
自分の力だけで、あの机と椅子を贈ってきた努力は受け入れます。
ただ、それだけです」



それだけ……



「それだけでも……十分でしょう」


お父さんの顔は、穏やかだった。無理に認めるとか、認めないとか、

言葉はいらないのだと、そう訴えてくれているような、そんな気がする。


「長峰さん」

「はい」

「あなたに会いたくてね。だから番場に頼みました」

「私……ですか」


紘生のお父さんは、ポケットから小切手を取り出すと、それを目の前に置いた。

私はその金額を見て、驚いてしまう。


「あの……」

「棚を作っていただく料金だと思ってください」

「いえ、とんでもないです。どんな材料を使っても、こんなにかかりませんし……」

「それならば、材料費以外は、長峰さん。あなたに対するデザイナー料ということで」

「いえ……」


世界で名だたる賞を取り、審査員でも勤めるデザイナーならともかく、

私ごときに、こんな高額なデザイナー料金聞いたことがない。

どうしたらいいのだろう。

いくら仕事の発注だからといって、小切手に、とても手が伸ばせない。




【60-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
婚約指輪の平均は20~40万。結婚指輪の平均は10~20万。
やはり毎日身につける結婚指輪はデザインが重視され、
飽きのこないものという意識が強い。

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