61 発表の余韻 【61-5】

【61-5】

「ありがとうございます」

「いやいや、礼を言うのは会社のほうだ。しっかりと作ってくれ」

「はい」


紘生のお父さんが準備してくれた『小切手』。

それをそのままこちらに戻してくれる。


「社長」

「これはお前たちが受け取っておけ。その中から材料費を出してくれたらそれでいい」

「いえ、でも、それでは会社の利益が」


全額私たちが受け取り、その中から材料費を出すのでは、『DOデザイン』として、

何も得るものがない。仕事にならないとなると、デザインを考えることも、

ここでやるわけはいかなくなる。


「そんなことは、お前が気にすることじゃない。利益はあるから」

「いえ……でも」


社長は伊吹さんが受話器を置くことを確認し、折原さんに声をかけた。

紘生は、広げていたデザイン用紙をタバコの箱で押さえ、前に出てくる。


「はい」

「おい、みんな、ちょっといいか」


社長の声に、伊吹さんや塩野さん。道場さんと優葉ちゃんまで、

全員の顔がこっちを向く。


「朝から、テンションの上がる話がある。折原と、長峰が、
このたび、結婚することになりました」

「あ……」

「社長!」



結婚の報告……



私たちなりに、色々と、考えもあったのに……



一瞬、驚きの声が上がったけれど、それはすぐに祝福の拍手に変わっていく。

優葉ちゃんは、いつなのかと急かしてくるし、道場さんは『指輪』はしないのかと、

前に出てくるし……


「おい、折原。『プロポーズ』なんて言った」

「……言いませんよ、そんなこと、ここで」


伊吹さんのからかったセリフに、折原はケチだなと、口を挟む社長。

みんなの声や、表情に、いきなり主役にされた私たちのほうが、ついていけない。


「優葉ちゃん、どこに電話するの?」

「小菅さんに決まっているじゃないですか。私、言われていましたから、
すぐに連絡しろって」

「は?」


止めようとした私の肩を、社長が軽く叩く。


「これからも、お前たち二人が、この『DOデザイン』で働き続けてくれることが、
会社の利益なのだから、なぁ、みんな」


社長の、時々飛び出す、クリーンヒットなセリフに、

社内全体がさらに活気付く。


「もしもし、小菅さん、優葉です。決まりましたよ!」


さらにテンションをあげた優葉ちゃんの電話によって、

私はその後、しばらく小菅さんからの質問攻めになった。





「おめでとう、知花ちゃん」

「ありがとうございます」


その話しは、もちろん昼食休憩を取った『COLOR』でも続くことになった。

聖子さんは、嬉しいからと、全員に飲み物をサービスしてくれることになる。


「いやぁ、嬉しいわ、私も」


聖子さんは、カウンターの奥にあるチェストを指さした。


「あれが、知花ちゃんと三村君を結びつけたのよね」

「三村さんじゃないって言っているのに……」


優葉ちゃんの指摘に、聖子さんはそうだったわと軽く舌を出す。


「そうですね、聖子さんのあのチェストがここにあったから、
私たちは出会えたのだと思います」


私が、『デザイナーとしての夢』を、その時懸命にぶつけた作品。

出来ないことなどないと、前だけを見ていた頃。

そのうちに、実力不足の自分に気付き、怖くなってしまって、前を向けなくなって。


全てを捨ててしまおうと決めていた……


もし、あのチェストが紘生の目に止まらなかったら、

私の人生は、もっとつまらないものだったかもしれない。


こんな私でも、出来ることはたくさんあって、頑張っていくことで、

見えてくることもいくつもあって……


あのチェストが、三村先生の作品に似ていなかったら、

紘生の目に止まることも、なかったかもしれない。


偶然だけれど、でも、それだけではない何かが、私たちにはきっとある。



きっとあるから……

だから、私は彼を好きになった。



「あのチェスト、そういえば二人とも欲しがっていた時があったわよね、それぞれで」

「エ……そうなんですか?」

「うん、そうなの」


そういえば、そんなことがあった。


「どうする? 二人が望むのなら……」


聖子さんの申し出に、私は首を振った。

おそらく紘生も、同じように首を振ってくれるだろう。


「あれは、ここに置いてください。それが一番いいと思います」

「そう?」

「はい……」



私たちは、これからもっともっと、作り出していける。



「それじゃ、大切にするから」

「はい」


聖子さんは、そう思うとさらに大切にしなければと、丁寧にチェストを拭き始めた。




【61-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【折原国男】
紘生の父、『折原製薬 食品部門』のトップ。
紘生が学生時代、内緒でデザインを学んでいたことを知り、関連する物全てを捨てる。
それから何年間も、一切、連絡を取っていない。

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