62 緊張の再会 【62-4】

【62-4】

「それじゃ、お先に」

「お先です」


その日は定時に仕事を終えて、紘生と事務所を出た。

しばらく互いに黙ったまま歩いていると、突然、紘生の足が止まる。


「クッ……」


何がおかしいのだろう。


「何よ、何かおかしい?」

「おかしいって聞く、知花がおかしいよ。さっきから緊張しまくりで」

「エ……」


緊張なんてしていない……とは言えない。


「まさかな、こういう方法で脅迫とは」

「脅迫って……そうじゃないでしょ」

「そうだけど、望まない場所へ連れて行かれるのだから、脅迫されたようなものだ」


紘生はそういうと、改札を抜けていく。

私も後に続き、すぐに横へ並んだ。


「どうしても、このまま話を進める気にはならないから」

「うーん……」

「別に、全面的に祝福して欲しいと、贅沢を言っているわけではないの。
ただ、私たちは自由だからって、全て押し通すのは、どうしても」

「知花」

「何?」

「どういうふうに言われるのか、わからないよ。それでもいいの?」

「うん……」


姿が見えないままになるのなら、たとえ『反対』という意見でも、

存在を認めてもらえた方がいい。


「前に出ないで、黙っていることがいいことではないってこと、
紘生にずっと教えてもらってきたでしょ。だから、私なりに前に出たいの」

「前に?」

「そう。私たちは間違っていないし、頑張っていけるからこそ、
だから、前に出たいの」


ライトを光らせた電車が、ホームへ入ってくる。

決意を明らかにした私の手を、紘生がそっと握ってくれる。


「それではチーフ、サブとして、精一杯頑張ります」

「……うん」


紘生の柔らかな表情と言葉に、ほんの少しだけ前に進めた気がして、正直、ほっとした。





そして2日後、私たちが、おおよその草案を持ち、

『折原製薬』へ行く日がやってきた。

その日は、午前中、他の仕事をするつもりだったのに、何も進まない。

PCを開いてはため息が出て、それではいけないと図面を開いても、

数字が何を示しているのかさえ、理解できなくなる。


「はぁ……」


無理に仕事を進める気にはならなくて、私の足は自然に『COLOR』へ向いていた。


「いらっしゃいませ、あら知花ちゃん」

「すみません。カフェオ……」


視線の先に入る、一人の男性。


「今日はどうしたのかな? 二人とも時間差で現れるなんて」


紘生が沈みごこちのいいソファーに座っていた。

私は、聖子さんにカフェオレをこっちに運んでほしいとお願いし、

紘生の前に座る。


「屋上に行かなかったの?」

「コーヒーの深い香りに、心を落ち着かせようと思いまして」


紘生はそういうと、私の顔をじっと見た。


「行きますよ、これから」

「わかってますよ。仕事をイタリアで放り出してから、
本当に父親には会っていないからね。ほら……」


紘生が両手を前に出した。

かすかにその手が震えている。


「緊張しているわけ、俺なりに」

「紘生……」

「自分の選んだ道は間違っていない。絶対にやり遂げると口では言っても、
父親の前で、堂々と言ってきたわけではないから」


折原家と長峰家の『家族』の違いは、この数年間で本当によく見てきたつもりで、

なんとかという気持ちから、今回の方法を取った。


「そばに……いてください」


紘生はそういうと、カップを持ち、コーヒーを飲み干した。

私は黙って頷いてみせる。


「はい、知花ちゃん、カフェオレ」

「ありがとうございます」

「三村君、もう1杯飲む? 聖子さんがサービスするけれど」

「……いいんですか」

「いいわよ。せめてもの応援」

「すみません」


聖子さんは空になったカップをお盆に乗せ、戻っていく。


「ずっとそばにいる」


そう、ずっとそばにいたい人だから、こうして前に進もうと頑張っている。

少しでも祝福の方向へ、思いが動くように。


「そばにいるなって言われても、ずっとそばにいるから……」

「うん」

「いるから……」


私は、いつものカフェオレに砂糖を入れずに、そのまま飲んでいく。

ミルクの甘みと、コーヒーの苦味が混ざり合って、香りが心を落ち着かせてくれる。


「ふぅ……」


それからすぐに聖子さんが、紘生に2杯目のコーヒーを運んでくれて、

一緒に出された小さなお皿には、かわいらしいクッキーが2枚置いてあった。




【62-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
共働きの夫婦は、59%(2012年総務省労働力調査)で、半数を超えているが、
特に、地方(山形、福井、島根など日本海側)の割合が高く、
東京や神奈川など都市部では低い。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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コロンさん、拍手コメントありがとうございます。

>最終回まであと少し、頑張ってください 応援してます。

はい。1年続けてみたいと思っていた『Dressing』もいよいよラストです。
最後まで、おつきあいくださいね。