62 緊張の再会 【62-5】

【62-5】

『折原製薬』



私がここへ来るのは初めてだった。

東京の中心地、オフィスビルが並び立つ中に、その会社も存在した。

『EAST』、『WEST』と書かれたビルがあり、紘生のお父さんが社長を勤める、

『折原製薬』の化粧品関連部門は、『WEST』の方になると、紘生自身が教えてくれた。


「ここに通っていたわけ?」

「そうだよ。スーツを着て、ポケットにICチップの入った社員証を入れて、
開発事業部の中に、デスクがあった」

「そうなんだ」

「まぁ、あの当時と同じじゃないだろうけどね」


らせん状になっている道を進むと、駐車場に入るようで、

信号が変わると、一気に3台がビルの地下へ消えていった。

玄関に続く橋のような場所を進み、ビルの正面から入ると、

目の前に『折原製薬』のロゴがあり、その前に受け付けの女性が二人立っている。


「知花が前に出ていかないと。今日、約束を取り付けたのは、知花なんだから」

「うん」


私は受け付けの前に立ち、社長秘書である男性の名前を告げた。

受け付けの女性はすぐに連絡をしてくれて、そのまま10階まで上がって欲しいと、

エレベーターの方向を手で示す。


「ありがとうございました」


紘生と二人、エレベーターの前に立ち、開いたものに乗り込んでいく。

エレベーターが上に向かうのと比例して、鼓動の音が大きく速くなった。

目的地に着き、二人で降りる。

静かな廊下を女性社員が一人歩いていて、目があった途端に挨拶をされた。

私も頭を下げ返す。

一番奥の部屋の前で止まり、左手でノックをすると、

女性がすぐに開けてくれた。


「すみません、『DOデザイン』です」

「はい。そのまま社長室へどうぞ。社長がお待ちです」



社長……紘生のお父さん



「はい」


私は秘書室の横を通り、社長室の前で、もう一度扉を叩いた。

『はい』という声が聞こえ、思わず紘生の方を向く。

紘生は黙ったままで、一度頷いてくれた。『入ろう』というサインだろう。


「失礼します。『DOデザイン』です」


扉を開くと、そこには、紘生が全てを注ぎ込んだあの机と椅子があり、

お父さんがその場所に座っていた。

机の高さ、椅子の角度、背もたれの大きさ、

紘生はイタリアへ行ってから、お父さんには会っていないと言っていたけれど、

でも、全てがピッタリで、まとまって見える。



この人のためにあるものだと、そう思えて……



「今日は、お忙しいところ、お時間をいただきまして」

「いえいえ、長峰さんに本棚、書類棚を作って欲しいとお願いしたのは、
私の方ですから」


お父さんは椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらに近付いてくれた。

紘生がどういう顔をしているのか気になるけれど、振り返ってみるのもおかしいし、

緊張してしまって、身動きが取れない。


「これが、私に贈られた机と椅子です。よくご覧になってください」

「あ……はい」

「何か嫌なところでもあったら、文句を言おうと思っていましたが、
これほどしっくりくるとは、予想外です」


お父さん……



「紘生……久しぶりだな」



お父さんの呼びかけに、紘生の声が戻らない。

どうしたのだろう。ここまできて、また……


「使ってくれたのですね」


紘生の声が聞こえて、ほんの少しだけほっとした。

お父さんは、私たちにソファーへ座るようにと指示を出してくれる。

向かい合うように座り、私は紘生と一緒に考えた今回の本棚、

そして書類棚の草案を、ファイルごとテーブルの上に置く。

紘生のお父さんはすぐにファイルを手に取り、デザインを見た。

頷きながらまた、テーブルに置いてくれる。


「このまま長峰さんの思うとおりに進めてください。
全てをお任せして、間違いないと思っていますので」

「はい……」


扉を叩く音がして、女性がコーヒーを運んでくれた。

それぞれの前に置くと、またすぐに部屋を出て行ってしまう。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


紘生は黙ったままだった。

こうなったらこうしようくらいのこと、多少は考えていたのだろうけれど、

いざ、ここへ来ると、確かに頭が真っ白になる。

時間は流れているはずなのに、ここだけまだ、止まっているような。



紘生がイタリアで気持ちを決めてしまってから、

何一つ、動かないもの。

それがこの部屋に詰まっている……




【62-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
共働きの夫婦は、59%(2012年総務省労働力調査)で、半数を超えているが、
特に、地方(山形、福井、島根など日本海側)の割合が高く、
東京や神奈川など都市部では低い。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント