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【1-1】





『東城大学 理学部』



今から10年前、僕はこの大学の4年生だった。

4年ともなれば授業の数は減り、他の学生同様、生活の中心は就職活動になる。


「なぁ、見たか、掲示板」

「あぁ……さっきね」

「給料もいいよな」

「うん、まぁな」


興味を持てる企業もいくつかあり、学業成績もいい方だったので、

それなりに自信もあった。

学生が数名いる指導室で『就職のマニュアル本』を見ているとき、

理学部の『岩佐教授』が、僕を探しているという声がかかった。


「岩佐教授が?」

「あぁ、宇野を見かけたら教授室へ来るように言ってくれって」


時計を見ると、まだ4時になる前で、バイトへ向かうにも問題はない。

そういえば、今日は教授の授業がなかったことを思い出し、

僕は本を途中で閉じると、教授室へ向かった。


「失礼します」

「おぉ、宇野」


岩佐教授は、本当に僕のことを探していたのだろう。

嬉しそうに表情を変え、僕の顔を見るなり、近くに来るようにと手招きした。

僕は軽く頭を下げ、教授のそばに立つ。



『岩佐幸志(こうじ)』



東城大学理学部で、人気の授業を担当する教授。

そして、僕にとっては、一番の理解者でもあった。


「あのなぁ……」

「はい」


父親は、僕が小学生の頃すでに他界していたため、

大学の学費は、奨学金を利用していた。

そのため、同級生たちが羽を伸ばし、遊びにのめり込む間も、

バイトと勉強に明け暮れていた僕は、

卒業後の進路は、苦労してきた母を助けられる企業へということしか、

その頃、考えていなかった。


「お前、大学院に進まないか」

「大学院にですか」

「あぁ、お前の研究を、このまま終わらせたくなくてね」


岩佐教授は、書類の入っている袋を机の上に置く。

『大学院への進学』


「いや、しかし……」


当時の僕は、『植物細胞』から得られる、新しい組織作りの研究をしていたため、

バックアップをしてくれていた岩佐教授は、

これを武器にすべきだと、そう強く訴えてきた。


「武器ですか」

「あぁ、お前の成績と実績なら、今でも就職先はいくらだってあるだろう。
しかし、入社後、どのような職につくかまで、こちらから決めることが出来ない。
それならば、しっかりとした研究結果を導き出し、
この人材は、最先端の場所で活用すべきだと、企業側に思わせてから就職する方が、
長い目で見たときに、お前のためになるはずだ」


大学院に進学し、研究を続けることで、『僕』というブランドの価値を上げる。

『東城大学』は理数系の大学では、日本の中でもトップ。

大学で終わらずに、さらにその先を……

確かに、そんなことを、少なからず思ったことはあるけれど、

しかし、それには……


「岩佐教授、うちは……」

「宇野、学費のことなら気にするな」

「いえ、気にするなと言われても」

「それくらい、私だってわかっているよ。お前にその気があるのなら、道は作る」


道……

僕が、経済的なことを気にせずに、まだ勉強を続けていいという道筋。


「宇野。お前の研究に対するまっすぐな思いと実力があれば、
大学を動かすことが出来る……いや、この世の中を動かしていくことが出来るはずだ」



『この世の中を動かす……』



岩佐教授はそういうと、僕の背中をパシンと叩き、優しい笑みを見せる。

僕は、教授の言いたいことがわかりきれないまま、

ただつきあった笑みを浮かべることしか出来なかった。





今思うと、僕はあまり記憶のない父親像を、

岩佐教授に見ていたのかもしれない。

すぐそばにいなくても、何かがあれば駆けつけ、アドバイスをくれる存在は、

何者にも変えがたいものだった。

教授という、誰からも尊敬される地位にありながら、それに溺れることはない人で、

若い研究者たちの言葉にも耳を傾け、無謀とも言える研究にも、

どんどんチャンスをくれた。

岩佐教授のグループに所属できたこと、それが僕の『運』だった。





いい意味にも、悪い意味にも。





『東城大学』には、国内でも3本の指に入るくらいの研究所が備わっている。

その分、国からの期待も大きく、また、厚生省や文部省などとのつながりも太い。

製薬会社などからも、共同研究をという依頼がいくつもあり、

見た目は華やかな大学だ。

しかし、いくら期待の分野を任されているとはいえ、研究費用は限られている。

その予算をどう勝ち取るのか、それは上に立つ教授の力が大きかった。


その当時、岩佐教授は同じく理学部の柿沼教授と、出世争いを繰り広げていた。

といっても、実績で一歩ずつ進む岩佐教授と違い、

柿沼教授は、業界人とのつきあいを重視し、相手の望むことだけを叶えていくという、

研究者としては、反則行為とも言えるやり方で、地位を上げてきた。


何名もの弟子研究者を引き連れ、金と企業での地位を約束し、

彼らが積み上げた研究結果を、自分のものにする。

誰がどこで何を必要とし、どうすれば動くのか、

その金につながるアンテナだけは、常に張り巡らされていた。



あのとき、岩佐教授の誘いを振り切って、大学院に行かず、

僕が普通の企業に就職していたら、




僕の人生は、もっと……




穏やかなものだっただろう。




【1-2】

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コメント

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楽しみです

ももんたさん、こんにちは(゚▽゚)/
私、ももんたさんの男目線の話、すごく好きなんです。
いやぁ、待ってました。
毎日楽しみ通いますからね
o(^-^)o

ありがとう

コロンさん、こんばんは

>私、ももんたさんの男目線の話、すごく好きなんです。

うわぁ……嬉しい。
読み手の方は女性が多いと思うので、
『男目線』は好き嫌いが分かれると思いますが、
そういってもらえると、嬉しいな。
ぜひぜひ、最後まで楽しんでくださいね。