1 Target 【ターゲット】 【1-3】

【1-3】


「もう無理だよ、柾(まさき)。お前の研究は、成功しない」


『植松尚吾(しょうご)』

僕と同じ『東城大学』の理学部を出たあと、

『SAZAMI』という、大手の食品メーカーに就職を決めた。

この会社には、岩佐教授を慕っていた先輩方が、数名入っているため、

さぞかし居心地はいいだろう。


「お前も、本当はダメだってことくらい、薄々感づいているだろう」

「薄々ねぇ……」


尚吾の言いたいことはわかるけれど、そう言われて、簡単に頷けないほど、

僕は全てを注いできた。つまみに出されたスティックのキュウリに、

マヨネーズをつけて、かじってみる。

当たり前だけれど、青臭い。


「だってそうだろ、無理だよ。柿沼にしたら、ライバルだった岩佐教授が、
成功させたいと願った研究だぞ。それが今、上手くいってしまったら、
志半ばで亡くなったという要素にプラスされて、騒がれるのは目に見えている。
柿沼は、そういう臭いにはものすごく敏感だ」


そう、柿沼の五感は、他人の数倍の力を持っている。

自分を陥れそうなものに対しては、勘弁してくれと頼んでも、

聞こえないふりをしてとことん踏みつけ、再起不能にまで持っていこうとする。

実際、岩佐教授が亡くなってからというもの、表舞台に上がってくるのは、

いつも柿沼が目をかけている准教授や、企業ばかりだった。


「もう、あれこれ考えずに、あとは適当に学生生活を送って、就職しろよ。
そこまで邪魔はされないだろう。お前の成績と実績なら、どこだって受け入れる」


尚吾の言っていることが間違っているとは言わないが、

ただ就職をするだけなのなら、大学院に来ることなどなかった。

一人で苦労してきた母に、楽をさせてやる予定が、

少なくとも数年ずれているのだ。



ここで簡単に、重ねてきた年月を切り捨てられない。



「簡単に言うなよ」


ジョッキに入ったサワーの残りを、グッと飲み干していくと、

突き抜けるような刺激が全身に広がり、僕の乱れそうな思いをなんとか沈めようとする。


「いや、簡単じゃないよ。ライバルのいなくなった柿沼の力は、
さらにこれから加速するはずだ。これ以上、無理に色々ともめてみろ。
お前自身が、闇に葬られることだって、あるかもしれない」

「闇?」

「あぁ、研究はおろか、そういった企業への就職すら、叶わなくなったら、
それこそ全てが無駄になる」





闇……

出世争いをしているわけではないし、柿沼教授の道を邪魔しているわけでもない。

僕はただの大学院生であり、それはこれからも変わらない。





そう、ただの学生。

出世の欲にまみれた男の人生の邪魔など、何一つする予定はなかったのに。

しかし、時は、流しようのない泥のようなしつこさを持ち、

僕の回りで溜まり始める。


「柾」

「ん?」

「もう、夜中の2時を過ぎているんだよ。いいのかい? そんなに」

「大丈夫だよ母さん。心配などしなくていいから、もう眠って」

「お前、いつもこんな生活をしているの?」

「うん……研究にはさ、慌しい時期があるんだ」


苦労している母に、あれこれ言ったところで心配をかけるだけだと思い、

一人暮らしのアパートに来てくれたときも、

大学院でのことは、何一つ語ったことがなかった。

普通の時間がダメならば、早朝でも深夜でも構わない。

なんとか研究を続け、成果を出す時間が欲しい。




そして……

大学院生活が、2年目を迎えた初夏。

その日は、朝から汗まみれの状態で目覚めることになった。

いつもなら風が通る場所も、昨日までの雨の湿気が取れていないため、

ただ、不快感だけが増していく。

そしてその日、それまであえて僕と関わりを持とうとしなかった柿沼教授から、

突然連絡が入った。


「失礼します」

「おぉ、宇野。ここに座れ」


入った瞬間から、嫌いなタバコの匂いが、身体にまとわりつく。

いつになく上機嫌な相手の態度に、嫌な重苦しい空気だけが広がっている気がした。

出されたお茶も、口をつける気持ちにはなれず、ただ、黙ってその場に座る。


「いい話があってな」


柿沼教授から告げられたのは、トップ企業『明林製薬』への就職だった。

『明林製薬』は薬用植物などの研究も進んでいるので、

植物の改良をテーマにした研究を進めてきた僕を、

研究員として迎えてもらえるという、好条件のもの。


「これからは、企業も国内だけを相手にするだけではなくなるだろう。
だからこそ、将来有望な研究者を求めていてね。宇野、君なら特別待遇で、
受け入れてくれるそうだ」


『特別待遇』

給料も基準以上が保証され、3年後には提携企業、

アメリカにある『ラボンヌ』へ異動し、研究をする話もあるらしい。


「ラボンヌ……ですか」

「あぁ、そうだ。数年前に提携するようになったから、ここのところ積極的でね」


確かに、いい話だけれど、それならば自分の取り巻きとして、

身を削り頑張る学生や准教授たちに、持っていくものではないだろうか。

柿沼の腹黒さを知っているだけに、とても笑顔など見せられない。


「ただし、一つだけ条件がある」


柿沼は、そういうと、怪しい笑みの前で指を1本立てた。




【1-4】

コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


Pagination

Trackback

Trackback URL

http://momonta1108.blog75.fc2.com/tb.php/2916-ec6fb7ee

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

momonta

Author:momonta
ただいま、怪獣2匹を飼育中の、お気楽主婦です。
日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。
著作権は放棄していません。お願いします。

ただいま、連載中!

あなたの色と私の色。6人の恋模様が生み出す『COLOR』は……
ただいま発芽室では『Colors』を連載中! こちらからどうぞ

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

お供、提供中!

この人は誰だろう……悩んだ時には、迷わずGO!
発芽培養所では『Colors 50音人物紹介』を掲載中! こちらからどうぞ

FC2ブログランキング

小説・文学部門に参加しています。

FC2Blog Ranking

毎日1回、ポチッとしてもらえたら嬉しいです。見えないライバル達と、格闘中!

いらっしゃいませ!

QRコード

QRコード

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
309位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ロマンス
4位
アクセスランキングを見る>>