2 Recognition 【認識】 【2-1】

2 Recognition 【認識】

【2-1】


柿沼の顔。そう、少し窪んだような目や、上唇の厚み。

思い出したくない顔を、仕方がないので必死に思い出してみるが、

この女性の表情に、その面影はあまり感じられない。



しかし……



正直、『地味』な女だと、瞬間的にそう思った。

『金と欲』にまみれた男が愛する相手としては、あまりにも華がない。

だとすると、『愛人』路線より、やはり『隠し子』と考えるべきなのか。


「学生には、研究に没頭しろだの、結果は裏切らないだの、
好き勝手なことを言って。それだけに飽き足らず、テレビにまで出て、
自分がいかに研究に情熱を注いできたのかなんていう、ウソばっかり並べてさ、
世間様に立派な先生の顔を見せているんだから、まぁ、権力っていうのは、恐ろしいよ」



柿沼の年の離れた『愛人』。

いや、若い頃の愛の結晶という線もある。



尚吾にとってみたら、どこかに落ちていた話題、

酒を飲みながら、普段言えない愚痴を言い合う、それだけのものだったのだろう。



しかし……



何も得ることが出来ないまま、喪失感だけを抱え大学院を出た。

研究者としての道を諦め、そこから何も真剣に考えることがなかった僕に取ってみたら、

あの柿沼に関わるこの話が、堅くなっていた心の扉を、

勝手にこじ開けようとしている気がしてしまう。


「なぁ、次は何飲む?」

「いいよ、どうでも」


そう、どんな酒でも今日は全てが美味しくなりそうだった。

僕は、グラスに残っていた酒を、飲み干していく。



『相馬郁美』が隠し子だろうが、年の離れた愛人だろうが、

そんなことはどちらでも構わない。

この女は、あの……傲慢で卑劣な男に、なぜだかわからないが、

徹底的に守られている存在。



何を知っているのか……



「なぁ……柾」



あの腹黒い男の、何を知っているのか……



教授という立場にいる男に、力のない学生だった僕は、

あの時、何一つ出来なかった。

不誠実なことをされても、文句を言う場所すらなく、ただ、唇をかみしめた。


「柾……」


大きくそびえ立った山のてっぺんには届かなくても、

何か、この思いをはき出す場所はないだろうかと、さまよい続けた日々。





ここなら……

届くかもしれない。





地味な女の写真を載せた塾のパンフレットには、

学生募集と同時に、教員の募集もかかっていた。



『東城大学の大学院を卒業』



もう8年も前のことだとはいえ、この経歴で首を振るところはないだろう。

その後、何をしていたのかと聞かれて、勤めていた企業名を話しても、

頷いてもらえるだけの大手だ。


「すみません、ウーロン杯2つ」


古くさい体制と、どうしようもないしがらみに紛れているのが辛くなり、

僕は数年前から、サラリーマンという勤務の形態を終えていた。


『年契約』

『他企業との個人契約』


企業に、保険や年金で縛られることがない代わりに、

実績に対しては、当たり前だけれど、報酬を受け取った。

僕の立場は、あくまでもフリー。

だからこそ、別の仕事を抱えても、それを問題にはされない。

日本的な考えではなく、実力主義という欧米系の食品会社や、

以前からつきあいのある『レストランチェーン』と、個人契約もこなしている。



『ストレイジ』



水と空気と光をうまく重ね合わせ、新鮮な野菜を育て提供する。

特徴は一切、土を使用しないこと。

その会社の技術開発部分、新しい苗、新しい種を生み出すという研究にも、

僕は数年前から関わっている。

全ての会社に出向する日数と、得られる収入を掛け合わせてみる。



これならいけるはず……



僕は『SOU進学教室』の連絡先をすぐに携帯に登録し、

あらたな気持ちで、尚吾と乾杯をした。




【2-2】

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