2 Recognition 【認識】 【2-2】

【2-2】


「何? どういうこと? 柾、会社を辞めるの?」

「辞めるわけではないよ。空いている時間を別のことに使うだけだ」

「別のことに? 何よ、どういうこと? さっぱりわからない」


今まで横になっていた体を、こちら向きにしたため、

彼女の柔らかい胸の感覚が、僕の腕に伝わってくる。


「どういうことも、こういうこともない。ちょっと興味が出た」


腕ではなく、その感覚を左手に受け止め、僕は彩夏の身体を引き寄せた。


「あ……何よ」


胸の先端を、指先で遊ぶように動かしてみる。

彩夏もその刺激の先を期待するのか、特に嫌がる素振りは見せてこない。


「興味? 進学塾に? ねぇ、柾が先生になるの?」

「ん? 僕が先生って、おかしいか?」

「おかしいというより……」


じわじわと突き上げる感覚に、少しずつ気持ちが動き始めたのだろう。

そこで、話が途切れた。

長めの吐息を聞きながら、体を密着させる女性のくびれを、左手でなぞっていく。

さらに声にならない声を導き出すと、彼女はうつろな目を、僕に見せた。



『なぜ塾へ?』



そう、こんな質問の途中だったはずなのに、

その先は、彩夏との会話は成り立たなかった。

触れる場所がすぐに反応し、身体が気持ちに追いつこうとする。

彩夏の手が僕の脚の内側に伸び、それなりの姿勢を整える。

腕で身体を支える僕を、彩夏はそのまま受け入れた。


求めていたものを得た目の前の女は、満足そうに笑みを浮かべ、

そこから生まれていく快感を、必死に自分のものにしようとした。

満足げな声をあげながら、僕の肩をつかみ、少しだけ腰を浮かせ、

思い通りの時間を得ようとする。

彼女のその動きに、自分をコントロールしながら、

支配をするのは僕なのだと、そう強く訴えていく。



触れる指、唇、そして重なる身体。

荒い呼吸に合わせて、何度も抜けていく声。



もう、何度、こんな時間を持っただろう。

でも、『結婚の約束』などしたことがない。

いや、ホテルやカウンターバーでの待ち合わせ時間以外、

彼女とは何一つ約束をしたことがない。


大学院をあのような形で出ることになってから、

そう、正直、研究者になることを諦めてから、人生もどこか諦めていた。

幸い、暮らすことに必要なお金も、欲望をぶつけ、それを吐き出す相手も、

苦労せずに見つけることが出来たので、男としてのバランスだけは保って生きている。


どれくらいの時間、気持ちを向け続けただろう。

僕を受け入れ続けた人は、体を震わせながら声を上げた後、

その場で全ての力が抜けた。

汗ばむ肌に、今日の時間を互いに愛しく思おうと、合図のキスを落とす。

生ぬるい空気が、都心のホテルの一室を、全て包み込んだ。





「ねぇ、柾」

「何?」

「話しの続き。塾の講師になるってことは、今から教員免許を取るの?」

「いや、そんなまどろっこしいことはしない。時間がかかるだけだ」

「……いいの?」

「いいってどういうこと? 教員とは違うんだよ、塾の講師は。
もちろん採用の試験はあるだろうけれど、免許は必要ない。
まぁ、理数系なら、今の実力で落ちるとは思えないしね」

「うわぁ、自信満々なのね、柾」

「ん?」



『大西彩夏(あやか)』



2年前まで勤めていた会社の取引先で、出会った女性。

何度か挨拶をし、廊下で話すことが増えた。

そんなある日、彩夏の方から合同コンパに誘ってきたため、僕はそこに参加した。

お酒が体に入ると、別の人格を持ったようになるのは、共通点だったようで、

まどろっこしいカラオケ大会から抜け出し、僕たちは身体を重ねた。


未来など不確かなものを追うことなく、

こうして日付の変わる瞬間を、互いの熱に酔いながら過ごしている。


彩夏の何を知っているのかと聞かれたら、携帯の番号と……



女としてスイッチの入る場所だけ……



「なんだか想像つかないけれど、でも私は、柾の仕事なんてどうでもいいわよ。
だって、元々、出世するとかしないとかは興味がないし……」


彩夏はそういうと、手で軽く髪をとかした。

形のいい胸が、その動きに少しだけ揺れる。


「それなら、興味はどこにあったんだよ」

「ん? 興味? そうねぇ、顔と媚びない態度かな」

「なんだそれ」

「おかしい? だって、会社で初めて見かけたときから、ドキドキしたの。
営業の人って、会社に来るとやたらに腰が低くて、すぐに嘘っぽい言葉を言うの。
でも、柾は違った」

「僕は営業マンじゃないからね」

「あら? そうだった?」

「そうだよ。僕はデータを彩夏の会社に届けていただけで、
君の会社から何かを得ようとしていたわけではないから、
だから媚びる必要がないだろう」

「へぇ……そうだったの」

「そうだよ」


人として尊敬も出来ない男に、何も言えなかった自分の苦い過去があるから、

だから、媚びたりすることが嫌だった。

実力がないのなら、切り捨てたらいい。

逆に態度が大きくても、実力さえあれば、無視など出来ない。

人は、『情』を大事だと言うけれど、結局は自分がかわいいのだから。


「そうか。だから堂々と見えたのね。
あぁ……この男なら、どんなふうに愛してくれるかなって……」


彩夏は自分が照れくさいことを言ってしまったと、長い髪で顔を隠す。

それでもおかしい気持ちが隠せないのだろう、笑っているのか肩が軽く揺れた。


「へぇ……すぐに反応したってことだ、彩夏の女の部分が……」


服を着ているのに、着ていない想像をするなんて、

男も女もみんなそうなのだろうか。


「言い方に品がないわよ、柾」

「品? 彩夏に言われたくはないね。自分で今、認めたくせに」


彼女の身体を後ろから抱きしめ、少し前まで触れていた部分に指を沈ませていくと、

自然と彩夏が体を反らした。

一度熱を持った場所は、すぐにその熱を呼び戻そうとする。


「口でひねくれたことを言っても、関係ないな。素直だね身体は……言葉より」

「あぁ……もう……」

「どう? 僕の愛し方に、ご不満でも?」

「……柾」


嬉しそうに弾ませるその息が、小刻みに変わり、

そして髪をどかしながら、唇を重ねると、言葉の代わりに舌がからみつく。

僕は指を自由な場所に解放し、もう一度、感情の波を揺り起こした。




【2-3】

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