2 Recognition 【認識】 【2-6】

【2-6】


「はぁ……」


部屋に戻りスーツを脱ぎ捨て、テキストの入った封筒をテーブルに置く。

緊張していた体を投げ出すように、ベッドで横になった。

自信はあったけれど、予想以上にうまくいった。

初めての日に、ターゲットと会話も出来たことは、大きな収穫と言えるだろう。



『相馬郁美』



これからゆっくりと彼女を知らなければ。

どんなものを好み、どういう相手を求めるのか。

あの地味な雰囲気に、落ち着いている口調。

本当に柿沼と縁のある女性なのかと、疑いたくなるくらいイメージがわいてこない。


いや、しかし、第一印象というのは、気をつけないと。

向こうも繕えるだけ、繕っている姿しか見せていないだろう。


彼女が柿沼の財力や地位に納得する女なら、その片鱗がどこかに見えてくるはず。

これは『ゲーム』。

なんとしても、前に進まなければ。


彼女の心の中まで、まだ見ることなど無理なので、

なるべく決め付けたイメージを持つのは辞めよう。



僕が近づいたとき、彼女はどういう反応を示すのか。



「クッ……」



そう、これは『ゲーム』という名前の研究だと思うと、急に楽しくなってきた。

毎日、不満だらけだった日々に、いいスパイスが加わった。

途中で終わってしまったとしても、いい成果が得られなかったとしても、

今更僕は、何も失うものはない。


「よし」


近頃、感じたことのない充実感を味わいながら、

その日の僕は、上機嫌にビールの缶を2本空にした。





「柾、お前、本当にあの塾に関わったのか」

「あぁ」

「お前……」

「くだらない権力争いの中で、言いたくもないお世辞を言うことにも飽き飽きした。
今関わっている企業の規則で特に問題もない。塾なら相手は子供だ、
勉強を教えることだけ集中すればいい」

「柾、俺が言いたいのはそういうことではなくて……」

「思っていたよりも、あっさりと入れたよ。子供が少なくなっていて、
塾も大変だけれど、優秀な人材を集めたいという思いは、逆に強く持っているらしい」


その週末、僕は尚吾を居酒屋へ誘った。

自分が就職をした祝いだと言うと、あいつは目を丸くする。


「お前の言いたいこと? 聞くよ、言ってみろって」


わかっている。でも、あえて聞いていく。


「お前さぁ……まさかとは思うけれど」

「何?」

「その柿沼の女を使って、あいつに何かしようとか、思ってないよな」


僕は口元をゆるめ、半分になった尚吾のグラスにビールを足した。

『何かをしよう』とはおかしな言い方だ。いったい、何が出来ると言うのだろう。


「おい、いいよ、そんな顔でするなよお酌なんて」

「そんな顔って、ひどいなお前。今日は就職祝いだろ。
ビール1本しかあけないで、お開きってことはないよな」


そう、ゲームはここから。

相馬さんが僕に興味を持ち、流れに乗ってくれるのか、

僕はそれすらも思うとおりにならず、また、唇をかみ締めるのか。

これは『ゲーム』、そして『人間観察』という研究。


「柾……」

「何?」

「お前の悔しい気持ちは理解しているつもりだ。でも、彼女には何も関係ない」


そう、あの相馬郁美には、何も関係がない。

それは僕だってわかっている。


「お前が大学時代からずっと進めてきた研究を、柿沼に横取りされて、
台無しになってしまったことは、絶対に許されないことだけれど、
あいつのあくどいところに悔しい思いをしたのは、お前だけじゃないんだ。
それでも、あいつは出世して、どんどん鎧を着込んでいる。
今更、辞めろよ、惨めだ……」



惨め……



学生時代から、一番理解してくれていると思っていた尚吾にかけられた言葉は、

僕の気持ちを、さらに発奮させた。




【3-1】

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