3 Miserable 【惨め】 【3-3】

【3-3】


相馬郁美が、大学の学部にある程度詳しいのは、

事務員という仕事からして、当たり前のこと。


柿沼につながる女。

そのイメージをあまり持ちすぎると、墓穴を掘りかねない。


「そうでしたね、これは失礼しました」

「いえいえ……実は」

「はい」

「昨日、遅くまで自習をしていた学生が、
『東城大学』の情報処理を希望していたので、それで……」

「あぁ、そうだったのですか」


先日のニュースでも、私立の理数系大学としては、

受験者数が減らない大学として、『東城大学』が筆頭に上がっていた。

その中に、著名な教授陣の話もあり、柿沼もあの憎らしい顔を出し、

何やらインタビューを受けていたことを思い出す。


「日本で一番有名な、理数系の大学ですよね」


地位や名誉にこだわり続ける年上の愛人に、そう言われたのだろうか。


「いえ、一番有名かどうか……」

「私のように数字を見ると、頭がクラクラする人間には、憧れの大学です」

「憧れ?」

「はい。理数系の頭を持つ人と言いあいになったら、絶対に勝てない気がしますから」



『尊敬』



彼女が柿沼に送る、これが最大限の褒め言葉なのだろうか。

現実と建前の狭間で、僕は、気持ちが一気に冷えていくのを、感じた。


「人にはそれぞれ、得意分野があると言うことでしょう」


そうそっけなく言うと、視線をテキストに戻していく。

『日本一』なんて称号、そんなものはウソに等しい。

いや、あるとしたら、『日本一』欲の深い男がいるということだけだ。


「あ、そうです、宇野先生。コーヒー飲みますか?」

「はい」

「入れますね」

「いいですよ、自分でやります。どこにありますか?
相馬さんはお茶汲みではないのですから、気をつかわないでください」

「いえ、今日だけは……」


相馬さんはそういうと、何やら楽しそうに小さなキッチンの方へ向かった。

ガサガサとした音が聞こえ、その手にはマグカップが握られる。


「これで、いいですか? カップ」

「……カップ?」

「はい。うちの教室長は、いつも新しい先生がいらっしゃると、
塾内で使うマグカップをプレゼントするんです。実は、宇野先生のカップを買う役目が、
私になってしまって……」


仲間として頑張ろうという証に、教室長は一人ずつカップを贈る。

そう言われ、キッチンの方を見ると、

お盆の上にいくつものカップが逆さにおいてあった。


「私が感じた、宇野先生のイメージです」

「僕の……」

「はい」


キャメル色のシンプルなデザイン。

陶器なのに、一部分だけ素焼きのような模様があった。


「全体はとってもあったかい気がしました。この間、初めてお会いしたとき」


初めて会った日。

相馬さんは教室の机を、一つずつ拭いていた。


「あたたかく……見えましたか」


今の僕に、『あたたかさ』なんて存在しないのに。

もし、見えていたのだとしたら、それは、憎しみに震える怒りの熱でしょう。


「はい。でもその心の中に、とっても鋭い部分が、こう……」


陶器の中にある、素焼きの部分。


「荒削りで、感情をぶつけてくるような、そんな男らしさもあるような……」




人には見せていない、心の闇。




「すみません……」

「エ?」

「いえ、勝手に自分の思いを語ってしまって。何言っているんだって、
そう思われましたよね」

「あ、いえいえ、そうではないですけど……」




相馬郁美という人は、どこまで真実を見せているのだろう。

『東城大学』を出た講師が塾へ来たのだと、すでに柿沼へ話をしただろうか。

それとも、何か事が起こる段階になって初めて、相手に話すのだろうか。


一見、単純に見えるものの方が、実は込み入っていることはよくある。


「すみません、人に自分のことを分析なんてされるなんて、あまりないので」

「そうですよね」


相馬さんは、とにかくこれを使ってくださいとカップをこちらにあらためて示し、

コーヒーを注ぎだした。





『相馬郁美』


あの柿沼が、大切にしている女性。

真剣に愛し続けた女の血を引く娘だと思うと、

金と地位にしか興味のない柿沼にとっても、特別なのだろうか。

それとも、尚吾の話に出てきたように、実は隠し子であり、唯一の娘として、

表に出せない分、愛情を注いでいるのだろうか。

柿沼の妻は、総合病院の娘。

資金面からしても、他業界への信頼度からしても、

今の柿沼にとっては絶対に必要な相手だろう。


でも、所詮は一人の男。

過去に愛した女の娘、正々堂々と『愛せない』相手だとなると、

愛しさは逆に増していく気がする。



『相馬郁美』

年齢は28歳。



あの何もないような表情の裏で、どんな思いを持っているのだろう。

権力の塊を、抱きこむその魅力は……





「宇野先生」

「はい」

「すみません、今日から担当する二人の個人データです」

「あ、ありがとうございます」


午後になり、教室長やその他の講師が揃いだした。




【3-4】

コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


Pagination

Trackback

Trackback URL

http://momonta1108.blog75.fc2.com/tb.php/2929-4d1e074c

Comment

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

momonta

Author:momonta
ただいま、怪獣2匹を飼育中の、お気楽主婦です。
日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。
著作権は放棄していません。お願いします。

ただいま、連載中!

あなたの色と私の色。6人の恋模様が生み出す『COLOR』は……
ただいま発芽室では『Colors』を連載中! こちらからどうぞ

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

お供、提供中!

この人は誰だろう……悩んだ時には、迷わずGO!
発芽培養所では『Colors 50音人物紹介』を掲載中! こちらからどうぞ

FC2ブログランキング

小説・文学部門に参加しています。

FC2Blog Ranking

毎日1回、ポチッとしてもらえたら嬉しいです。見えないライバル達と、格闘中!

いらっしゃいませ!

QRコード

QRコード

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
小説・文学
309位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ロマンス
4位
アクセスランキングを見る>>