3 Miserable 【惨め】 【3-6】

【3-6】


『東城大学』に入り、岩佐教授の下で、研究を積み重ねていた頃は、

バイトのない時は、朝から晩まで建物の中に居続け、

街を歩いたことなど、あまりなかった気がする。

大学院を追われるように去ってからも、

名前だけは一流だと言われる会社の中にいたため、

今見えるような景色とは違った、ビル群の中にいた。

僕は見たこともないような公園に入り、誰もいないベンチへ腰かける。



『惨め』



尚吾は、以前、僕が今、こうしていることをそう表現した。

その意味は、痛いほどよくわかる。今の状況を、他の人間に公表しようとは思わない。

それでも僕は、今、ここにこうしている。


人生の目標というものは、前向きでなければならないのだろうか。

人に披露して、認められるようなものでなければならないのだろうか。


街を歩いているうちに、少しずつ暗闇が増え、

太陽の代わりに白い月が浮き上がり出す。

僕は、買いたてのタバコの箱を開け、一本だけ吸い込んだ。





「山東アレンです」

「宇野柾です。庄司先生が戻られるまで、僕が君の数学を担当します」


山東アレンは、遅刻をせずに到着したものの、宿題は何も手をつけていない。

それでも悪びれることなく、教科書を机に置いた。

僕は、20分だけ時間を与えるから、宿題をここでやるようにと指示を出す。


「ここで?」

「そうだ、ここでだ」


アレンは一度大きく息を吐くとペンを握ったが、すぐにそれを鼻と口の間に挟み、

面白そうに見える顔をする。


「どういうつもりだ」

「ねぇ、この変顔、結構うけるでしょ」

「いや……」


僕の無反応が気に入らなかったのだろうか、アレンは急に真顔に戻った。

そしてさらに気合を入れて、面白そうに見える顔を作り出す。


「山東さん」

「ふぁい……」

「覚えておきなさい。人は求めていないものを見せられても、
相手が思うような反応はしない。テレビのお笑い番組で、
たいして面白くもないものに笑いが出るのは、
『ここには笑いに来た』という思いが重なっているからだ」


僕のセリフに、アレンは鼻の下に挟んだペンを取る。


「何それ。これ、みんな面白いって言ってくれるよ」

「だから、それは君という人間に対する、付き合いがあるからで、
そのプラス要素で笑っているだけだ。試しに駅前でやってみればいい。
ほとんどの人間が、不快な顔を見せるはずだ」


僕は、時間の無駄だとアレンに言い切ると、勝手に問題集のページを開き、

その前にペンを置いた。わざと音をたてて、注目するように促してみる。


「はぁ……」

「どうした、今度はため息か。なぜ、ため息が出るのか、ここで論破してやろうか」

「ねぇ、宇野先生はいくつ?」

「宿題をこなしなさい。
義務を果たさないものの問いかけに、答える必要などどこにもない」

「30くらい?」


今時の女子高生は、こういうものだろうか。

教師に対する遠慮も、躊躇もどこにもない。


「ねぇ、彼女は?」

「山東さん」

「はい」

「申し訳ないが、勉強するつもりがないのなら、今すぐここから出て行きなさい」

「……先生」


今日は第一回目、ここでなめられてしまったら、これから先が思いやられる。

それでなくても、話題も合わないと思える人間とのコミュニケーションなど、

面倒くさいだけだ。


「いいか? 僕の仕事は君に勉強を教えることだ。
授業内容に関わることなら、どんな質問でも受けるつもりだけれど、
プライベートのことに関して、あれこれ語るつもりはない」


やたらに制服のスカートだけ短くして、

見せびらかすように脚を組んでも大人にはなれない。

本物の色気は、露出だけでは身につかないのだから。


「ちなみに、年齢は32、血液型はA」

「彼女は?」

「怒鳴るぞ」

「……ごめんなさい」


山東アレンは舌をペロリと出し、両方の肩をあげ、そして下ろした。





山東アレンは、教室長が言っていたように、

確かに勉強が出来ないタイプの子ではなかった。

むしろ、勘のようなものが働き、飲み込みは悪くない。


「イヤッホー」

「静かに喜びなさい。ここは塾だ」

「わかっています。すごくない? 私が解いたんだよ。
これってさ、柾の教え方がうまいってことよね」

「柾ではない、宇野先生」

「……ケチ」


全く、品のない飲み屋にでも来た気分だった。

それでもアレンは課題をこなし、投げキッスだけを残すと、家に帰った。





「はぁ……」


ただ、問題だけを解き、答えを言えばいいと思っていたけれど、

半分くらいは勉強以外の時間になってしまった。

同じ日なのに、学生でこうも疲れが違うとは。


「どうぞ」

「あ……すみません」


教室長は相馬さんが買ってくれたカップを僕の前に置き、

自分の椅子に腰掛けた。時計は気付くと夜の10時に近付いていく。


「すみません、少し遅かったですね」

「いや、いいんですよ。それだけ熱心に取り組んでくださったということですから」


教室長は両手を目の前で振りながら、気にしないようにと何度も口にする。


「正直、もっと気楽に出来るものかと思っていて、その通りに進まないことで、
焦りました」


人間を相手にするのは、予想外のことがたくさん起きる。

人のとらえ方感じ方は、無限に存在するからだ。


「宇野先生」

「はい」

「宇野先生は、本当は何を目指されたのですか?」



『本当は何を目指したのか』



教室長の言葉に、一瞬、答えを返すことが出来なかった。




【3-6】

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