4 Clue 【糸口】 【4-1】

4 Clue 【糸口】

【4-1】


『本当は何を目指したのか』



教室長の顔は、それほど様子を変えているようには思えないが、

面接の時に、こんなことを聞かれてはいない。

ここ何回かの僕の教え方が、どこかおかしかったとでも言うのだろうか。


「……どういう意味でしょうか」


とりあえず一呼吸おくつもりで、そう尋ね返す。


「あぁ、申し訳ない。そう深い意味があるわけではないんですよ。
構えないでいただきたい」

「構えているわけではないですが……」


何を目指し、ここへ来たのか。

ハッキリしたものは確かにあるけれど、それを今、言うことは出来ない。


「たとえば……です。教師になりたいと思う人間は世の中にいるでしょう。
医者になりたいと思うものもいると思います。スポーツ選手とか、漫画家とか、
学生たちにも、そういった夢を語ってくれる子供もいますからね」

「はい」


僕も幼かった頃に、野球選手になりたいと思ったことはあった。

しかし、いつのまにか興味が虫や不思議な育ち方をする生物に代わり、

宿題と研究を絡めているうちに、どんどん生物の世界に引き込まれていった。


「でも、『塾の講師』を目指していますっていう人は、
あまり聞いたことがない」


教室長は自分のカップに口をつけ、一度大きく息を吐いた。


「だいたい、ここへきてくれる先生方は、何かにぶつかって、
そこから逃げたり、また、生活のために学力を生かしたという方が多いんですよ。
あはは……なんだかすみませんね、夢も何もないような言い方で」

「いえ……」


まだ、他の先生方と語り合ったことはないが、教室長の言いたいことは確かにわかる。

予備校や塾の講師を最初から目指す人など、あまりいないだろう。

『教育者』なのか、『学力を使ったパート』なのか。

教えることに情熱があるのか、ただ、知識を生活に生かすだけなのか。


「もちろん、夢だけでは生きていけないこともあります。
実際に、社会で生きていくという現実は厳しいものです。
でも、それはそれですからね」


現実……

研究者としては生きられず、普通の企業人にもなれなかった。

何も得ることが出来なかった僕が、心の支えとして選んだもの。


「斜に構えず、学生と向かい合っていると、色々新しいものが発見できます」

「はい」

「ですから、今日のように、時間オーバーで相手をしてくれるという傾向は、
私にとってはいい出来事です」


教室長はそういうと、カップの飲み物を飲みきり流しに片付けた。

そこへ、教室のカギを閉めて回った藤岡さんが戻ってくる。


「あ……宇野先生、お疲れ様です」

「はい」

「教室長、全教室の戸締りはOKです」

「そうですか。それでは今日は終わりましょう。宇野先生、お疲れ様でした」


僕は立ち上がり、同じように頭を下げた。





教室長の椛島さんに言われたことは、帰りの電車内でもずっと頭にあった。

『教育者』を目指しているわけではないのだから、いい講師になろうとか、

成績を上げようという気持ちは確かにない。

でも、あまりそれを露骨に出して、全て切り捨てるようなやり方は、確かに失礼だ。

ターゲットに近付く目的と、子供たちの将来を混ぜ込んではいけない。



次に塾へ行くのは3日後。

僕は予定表をスマートフォンで確認すると、そのままニュースを見る。

車内では、同じように視線を下に向け、

指を動かす人たちが、たくさん吊り輪につかまっていた。





「ねぇ、どうだった? 塾」

「ん? なんだよ、僕の仕事には興味を持たないって言わなかったか」

「いいじゃない、たまには……」


たまには……ね。


「勉強の内容は簡単だけれど、それを理解させるというのは、難しいなと思ったよ」

「へぇ……なんだか先生みたいね」

「先生だよ、一応」


契約社員の部分を終えた日の夜、いつものホテルで彩夏と会った。

彩夏は、今日は、接待で結構飲まされたと、けだるそうな顔を見せる。


「接待か」

「そう、接待。本当に面倒なのよ。取引先の社員に、
どうぞうちの製品を使って欲しいとお願いするでしょ。
そうすると『まずは一杯』ってことになって。あ……大西君、君も参加しなさいって」


彩夏は、身振り手振りで、何やら説明しようとする。

僕にも、それなりにサラリーマン生活はあったので、言いたいことはわかる。


「製品をアピールするのならわかるわよ。
接待なんて、お酒飲むだけで、関係ないじゃない」


確かに、製品の性能には関係ないのだが、元々、どっちでもいいものを比べるとき、

人は、いかにいい思いをさせてもらったかという部分を、大事にすることがある。


「まぁ、そうだよ、彩夏の言うとおりだ。でも、今の日本でそれは通用しない。
同じ特徴、同じ価格、ではどちらを使うのかと言うとき、『接待』が意味を持つ」

「意味?」

「あぁ……相手の気分をよくさせるために接待するのだから。
ネクタイを締めた、脂ぎっている親父ばかりでは、酒もまずくなるだろ。
イメージは、大事なんだ」


まどろみの時間になり、僕はタバコを1本取り出すと、

その息を少しずつ吐き出した。




【5-1】

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