4 Clue 【糸口】 【4-3】

【4-3】


塾の講師をするようになって2週間が経った。

いつものように俊太に勉強を教えた後、アレンの到着を待つが、

時間を過ぎても彼女は現れない。


「10分が経過しましたね」

「あ、はい」

「電話をかけてみます」


その日の遅番は相馬さんだったため、彼女は連絡網を取り出し、

アレンの携帯電話を鳴らした。

一度切ってはもう一度と2、3回チャレンジしたが、アレンは電話に出ないため、

相馬さんは家の方にかけた。

僕はテキストを閉じ、その様子を見守る。

データにも確か書いてあった。『遅刻』の常習犯だと。

また、そういう出来事が起きたのだろか。


「『SOU進学教室』です。アレンさんが塾にいらしていないので、
電話をさせていただきました」


手馴れた行動に、こういうことはアレン以外にもあるのだろうと、

僕はカップに残ったコーヒーを飲み干した。



アレンの母親は、学校の帰りに寄ると言っていたと話すだけで、

今、どこにいるのかはわからないようだった。


「そうですか、でも携帯にも出ないものですから」


相馬さんは『それでは戻られたら……』と親に告げ、受話器を置いた。

ようするに、母親は、アレンが今、どこにいるのかわからないのだろう。


「はぁ……。あの子のやることは、私にもわかりませんって言われました」


アレンの母親は、確かこの塾の近くで喫茶店をしていると、藤岡さんから聞いている。

仕事が優先で、子供が何をしているのかまで、見守っている余裕がないのだろうか。


「大丈夫かしら、アレン。
どこかで事故にでも、巻き込まれていなければいいですけど……」


相馬さんは席を立つと、今度はブラインドを少し上にあげ、

目の前の通りを見始める。

彼女が真面目に心配すればするほど、僕の思いは別の方向へ動いていく。


「相馬さん。そう事故には巻き込まれませんよ。おそらく友達と遊んでいるのでしょう。
あいつ、まじめにやる気がないんですよ。親がお金を払っているというのに、
困ったものですね」


相馬さんの心配をよそに、時間はどんどんと過ぎていく。

開始時間から30分が経ち、塾の規約からすると、授業が成立したことになる。

アレンはもう来る気持ちがないのだと考え、僕は席を立った。

空になったカップを流しに入れる。


授業がなくなったとはいえ、その時間分の金額はもらうことになるのだから、

こういった場合にも、基本的には帰るべきではないだろう。

俊太に出すミニテストの問題でも、今のうちに作っておこうか。


「あ……」


その時、髪の毛をボロボロにしたアレンが、職員室の前を歩いていくのが見えた。

そのまま教室に向かおうとしているので、僕は扉を開けそれを止める。


「おい」

「あ……柾、ごめんね遅れた」


その様子に、相馬さんも気付いたようで、

あらためて携帯を鳴らしていた受話器を置く。


「アレン、どうしたの?」

「どうもこうもないです。ちょっとやらかしました」

「やらかしたって」

「……ケンカか?」

「うーん……そうかも」


アレンは自分の身なりがおかしいことなど気にすることもなく、軽く答えると、

そのまま何事もないかのように、教室へ向かおうとする。

僕は、その腕をつかみ、動きを止めた。


「何?」

「何じゃない。もう予定より30分も過ぎているんだぞ」

「携帯落として壊したの。だから連絡出来なかった。遅れたのはわかっているから、
とにかく残りをやってよ。また、休んだって教室長にあれこれ言われるの嫌だし」

「お前、塾の規約を知っているのか。無断で遅刻すると……」

「だから、無断じゃないの。連絡が出来なかったの」


それが『無断』だということを、もっと大きな声で言ってやり、

生意気な感情を押さえつけようかと思ったが、

さらに大きな声を出されるような気がして、気付くとため息が出てしまう。


「残り……」


一人の受け持ち時間は70分。

すでに45分が経過している。あと25分……


「本当に残りの授業を受けるつもりなら、その身なりをどうにかしろ」

「身なり?」


髪の毛は乱れ放題で、制服にもあちこち汚れが付いていた。

このまま何もなかったように、授業など出来やしない。

アレンは汚れた制服の袖を軽くつまみ、埃を落とすつもりなのか、

引っ張りながら手を離した。

目の前に、明らかにわかる土ぼこりが飛んでいる。


「別にこれでもいいよ、柾には関係ないし。
遅れて時間がないんだから、さっさとはじめよう」

「アレン。遅れてきて何を威張っているんだ、あのなぁ……」

「アレン、すぐに終わるから……」


文句を言おうとした僕の前から、相馬さんはアレンの手を奪い、

職員室の椅子に座らせた。乱れていた髪の毛をすぐにとかし、

スッキリとまとめていく。


「アレン、宇野先生の言うとおり、勉強を教えてもらうのだから、
身なりはきちんとしなければダメよ。それはマナー。
関係ないとか、どうでもいいだなんて言ってはダメ」


髪をまとめた相馬さんは、アレンに制服の上着を脱ぐように言い、

手際よくほこりを払うと、とれかけたボタンの場所と、ほつれた箇所を確認する。


「これを着て教室に行きなさい。授業が終わるまでには、直しておくからね」


自分の椅子にかけていたカーディガンを取ると、彼女はアレンの肩にふわりと乗せた。




【4-4】

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