4 Clue 【糸口】 【4-4】

【4-4】


それまでギスギスしていた空気が、相馬さんの動きがプラスされたことで、

滑らかに動いていく。


「すみません、宇野先生。今日だけは遅れたことを許して、
きちんと授業をお願いできませんか。あと30分くらいだと、
私、これを直してしまうのは、ちょっと難しい気がするので……」


相馬さんは、自分が直す時間を得るために、

授業時間を短くしないようにしてほしいと、僕に訴えた。

勝手な理由で遅れた学生を、無条件に庇うことに、納得がいかない部分もあるが、

ここはあえて譲っておく。


「わかりました。ほら、いくぞ」

「わかりましたって、普通の授業してくれるの? 柾」

「柾じゃない、宇野先生だ」


アレンは相馬さんから渡されたカーディガンに袖を通し、

僕の後ろを歩き出す。しばらく静かだったアレンの口から、

ほっとしたのか、ハミングが聞こえてきた。


「ねぇ……宇野先生」

「何だ」

「相馬さんには、言い返さないね」


そう、言い返しはしなかった。

彼女なりに、アレンをどうにかしてやろうという気持ちが、見えていたから。


「お前を庇っているんだろ。感謝しておけ」


本当に、感謝しておけ。

僕が、彼女に近づきたい理由がなければ、こんな条件、拒否していた。


「相馬さん、おそらく今は彼氏いないよ」

「余計なことを言わなくていい」


僕は教室を開けると、指定された席に座り、すぐに授業を始めていく。



『相馬さん、おそらく今は彼氏いないよ』



アレンから得た情報を頭に浮かべ、

この出来事が、少しだけ距離を縮めるきっかけになるのではないかと考えた。





相馬さんの言うとおり、そこから普通授業をこなしたため、

他の生徒とは完全に時間がずれた。

教室には僕とアレン、そして資料の整理をする教室長が残る。


「アレン、宇野先生に感謝しろよ。次はダメだぞ」

「はい、はい」


教室長は、全てのプリントを抱え、僕達よりも少し先に教室を出た。

僕は最後の15分間で、その日教えた公式を使った計算テストをする。

アレンのペンの流れを見ながら、

もっと上の学校に入れたのではないかと言う疑問が、またわきあがった。


「はい、終了」

「うわぁ……疲れた」


アレンはそういうと大きく背伸びをし、プリントを僕に差し出した。

僕はそのプリントを受け取り、その場で確認をする。


「ねぇ、先生」

「何?」

「大学に行くつもりもないのにさ、こうして勉強する意味ってあるのかな」


アレンの問いかけに、僕は採点の手を止め、彼女の顔を見た。

いつものようなふざけた視線はどこにもなく、

寂しそうな目が、どこにたどり着けばいいのかわからずに、さまよっている。


「行かないって、もう決めているのか」

「だって、うち、お金ないもん」


『東城大学』の付属校から、エレベーター式に大学へ通い、

華やかに遊んでいた同級生を、うらやましく思ったことも確かにあった。

しかし、母は僕を一人で育ててくれた。

今になると、それがどれだけ大変なことだったのか、少しはわかる。


「行きたいと望むのなら、方法は色々とあるだろう」

「方法?」

「あぁ……奨学金もあるし、今はローンだって組める。お父さんもお母さんも、
お前が大学に行きたいと願うのなら、それをかなえるために……」

「お父さんねぇ……」


アレンの父親は、確かイタリア人だと聞いている。


「父も母も、私のことがかわいいなんて思ってないって」


アレンはそういうと、相馬さんから借りたカーディガンの袖を少し引っ張り、

両手でその端を持った。顔の前にいきなり持っていく。


「おい、アレン……」


泣き出すのだろうか。

こんなところで、急に泣かれると、何があったのかと勘違いされそうだ。


「あぁ……いい匂い。相馬さんの優しい匂いがする」

「匂い?」

「うん……」


アレンは両手で顔を覆ったまま、僕の採点が終了するのを待っていた。




【4-5】

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