5 Approach 【アプローチ】 【5-2】

【5-2】


彼女から渡された袋の中には、さらに銀色の袋があった。

触った瞬間、思っていたよりも厚みがあることがわかる。


「これは」

「あの……『笹かまぼこ』って嫌いですか?」

「笹かま? あの仙台で有名な……」

「はい」

「いえ、美味しいですよね」

「ですよね、それならよかったです。これ、知り合いからいただいたのですが、
少し多めにいただいたので、おすそ分けしようと思いまして。
先日は食事をごちそうになったのに、私、そのままで……」

「あぁ……そんなこと」

「これで帳消しにしようというわけではないのですが、
日本酒でも飲まれるのなら、つまみになるかなと」


僕はありがとうございますと受け取り、それをカバンの中に入れた。

『おすそわけ』という言葉が、改めて何かを買われるより、

どこか距離が近付いた気がしてしまう。


「なんだか逆に申し訳ないです」

「いえ、どうぞ」

「ありがとうございます。
上手いですよ、こういうものを食べながら飲む日本酒」

「いえいえ、私は……」


アルコールは苦手だと言った相馬さんに、わざとそう言ってみた。

互いに、ふっと口元がゆるむ。

誰かが階段を下りてくる音がしたため、

相馬さんは僕のそばを離れ、すぐに椅子に戻った。

僕の斜め後ろになる彼女の席から、一息をつく音が耳に届いてしまう。

他の先生がいるところでは渡せないと、それなりにタイミングを計っていたのだろうか。

忘れていたような感覚に、なんだか少しこそばゆくなった。





「ほぉ……この『笹かまぼこ』をね」

「あぁ、まぁ、今のところ、嫌われていないことだけは確かかな」

「そうだろうけどさ」


その日は、尚吾を家に呼んで飲むことにした。

互いに次の日が休みのため、のんびりと準備する。


「まぁ、それにしてもさ、いつ来ても、見事に女の影がない部屋だね。
お前にいないはずもないんだけどさ」


尚吾は、部屋に置いてあるものを色々と眺めながら、そうつぶやいた。

僕は、冷凍庫を開けて、ビニールから氷を出し、アイスペールに入れていく。


「女性はここに呼ばないことにしている。別れた後とか、面倒だろ」

「面倒?」

「カギだとか……」


合鍵など持たせて、別れることになったから返せなどというのは面倒だし、

それを気にして、いちいち変えていくのも、また余計な手間がかかる。

カウンター式の小さなキッチンついている、高層マンションの1LDK。

それが今の僕の城。

ここに入るのは、自分以外では尚吾と母親だけだ。


「そういえば……」

「何だよ」

「いや、『笹かま』で思い出したよ。柿沼も仙台に行っていたなって、
昨日戻ってきたうちの上司が話していた」

「仙台に?」


目の前のテーブルに置いた『笹かま』は、柿沼が彼女に渡したのだろうか。

そう考えると、昼間見せてくれた笑顔が、何か別の意味を含むような気になっていく。


「うちの工場が仙台にあってさ。震災で色々と大変だったけれど、
やっと元通りになったから、その挨拶もあったらしい。
もっとも、柿沼は数日前から仙台にいたらしいから、何か金の匂いでも、
また、かぎつけていたんじゃないか?」

「仙台だろ? 金の匂いって何があるんだよ」


僕は、あらためてテーブルを見る。

相馬さんはおすそわけだと言っていたが、パッケージもそのまま、

一袋の状態で僕の手元に渡っていた。

もらいもののウイスキーをそれぞれ好みの濃さに作り、軽くマドラーを回す。


「それでさぁ、柾としては、嫌われていないとわかった彼女と、
これからどう進めていくつもり?」


尚吾はそう問いかけた後、笹かまをつまみ、口に入れた。

そこら辺のスーパーで売っているものよりも、やはりうまみも厚みもあると、

感想を述べていく。


「なんだその言い方。尚吾、お前、反対じゃなかったのか。
そんなことはよせってそう言っていただろ」


そう、俺のしていることは惨めなことだと、そう尚吾に言われた。


「反対したって、お前はやりたいようにやるだろう。昔からそうだ。
だから、もう言わないよ」


尚吾は、僕が大学時代も無理だと思っていた実験を、ひとりでやり続けたと、

昔話をし始める。確かに、大学にいた頃は、研究できる時間が貴重だったので、

諦めるなんてことを、考えなかった。


「それ、ずいぶん昔の話しだな」

「そうか? たった10年くらい前のことだぞ」

「10年か……」


『10年』。

楽しかった日々から、あっという間に10年が経ってしまった。



『おい、宇野。あと少しだ、諦めるな』



岩佐教授という人は、今思えば、度胸のある人だった。

ゼロになるかもしれない実験でも、惜しみなく『GO』サインを出してくれた。

それがどれだけ勇気のいることなのか、立場を変えてみてみると、よくわかる。


「相馬郁美は、思っていたよりも堅い女性だと思う」

「堅い」

「うん。塾の学生の話から、ふとプライベートに話題が移って、
個人的な話をしてくれるのではないかと思ったタイミングでも、
はぐらかされてしまったし……簡単に自分を見せようとしない」


僕がここのところ付き合ってきた女性たちとは、明らかに雰囲気が違う。

お酒も飲めないので、勢いで前に進むことも叶わない。


「教え子の話し?」

「あぁ、実はさ、今、教えている子が、イタリア人と日本人のハーフで……」


僕は、尚吾にアレンのことを語り、

相馬さんがその中で、自分も寂しい子供だったと明かしたことを話した。


「ほぉ……」

「でも、その後話を続けようとしたら、スッと引いてしまった……」


彼女の過去。彼女の母親の過去。

それがどこかで柿沼につながるはずだけれど……


「もしかしたら、すでに柿沼からお前のことを聞いているのかもしれないぞ」


尚吾はそういうと、この『笹かま』も、柿沼が渡せと言ったのかもしれないと、

なぜかパッケージの表と裏を見始めた。




【5-3】

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