6 Instinct 【本能】 【6-4】

【6-4】


あまりにもあっさりだったので、誤魔化す方法が浮かばない。


「よく、わかりましたね」


彼女はすでに、柿沼に僕のことを語り、僕のことを勝手に語られているのだろうか。

顔では冷静を装っているものの、正直、鼓動が速くなる。

まだ、近づいただけで、入り込んではいないのに。



宇野には気をつけろと、柿沼からすでに言われているのだろうか。



「実は、教室長に聞きました」

「は?」


教室長って、椛島さんのことか。


「宇野先生は何学部なのですかって、そうしたら『理学部』だって」

「あ……」


そうか、面接をした椛島さんはもちろん知っている。

真剣な質問と、予想外の答えに、力が抜けた。でも、少しだけほっとする。


「相馬さん」

「はい」

「僕のことなら、教室長ではなくて僕に聞いてください。
僕以上に詳しい人間はいませんから」

「あ……そうですよね」


相馬さんは嬉しそうに目尻を下げて笑い、僕の時間がなくなるからと、

それからすぐに両手を合わせ食べ始めた。



『理学部』

教室長から聞いたのなら、わかって当たり前だけれど。

そろそろ前に出て行かないと、結局、はぐらかされてしまうことも、

あるかもしれない。



僕は、目の前に座り美味しそうに食事をする彼女を見ながら、そう考えた。





彩夏から誘いのメールが届いたのは、久しぶりだった。

その日は、僕が『SOU進学教室』に入り、

俊太とアレンを任された日からちょうど2ヶ月。

椛島教室長のいる部屋に入り、失礼しますと椅子に座る。


「宇野先生」

「はい」

「お試し期間は終了です。ぜひ、我が塾の力になってください」

「ありがとうございます」


自信はあったが、とにかくこの場所を確保できた。

ここからは、ヘマさえしなければ、解雇はないだろう。


「それでですね……」


新しい学生の名前を出され、正式な書類にサインする。

別に、実力を上げようなど考えていることはないけれど、気分はいい。

その日は、すべきことを効率よく済ませ、予定通りの時間に塾を出た。





「はぁ……」


彩夏の指が、僕の髪の毛の中に入り、何かをつかもうとする。

押し寄せる波の強さを、互いに身体でコントロールしながら、

彩夏はまだ離れたくないと、力を込めた。

汗ばむ肌と、脳の奥に響くような感覚。

抱き合っているという事実の中で、僕を満足させてくれる彩夏に対し、

自然と愛しているという思いがわき出るのが、不思議だ。

繰り返される波の中で、彩夏の唇が小刻みに震えだし、そのひとつを越えようとする。

僕は身体をさらに深く沈め、その思いに自らを重ねた。

吐き出される息のリズム、彩夏が僕を包み込んでいく。


「柾……」


彩夏の背中を押し上げ、互いに向き合った。

僕が顔を軽く横に動かすと、彩夏は何も言わずに、姿勢を変える。

僕たちはまた、別の形で重なった。

彼女の右腕をつかみ、身体を少しだけそらせると、

彩夏の長い髪の匂いが、僕の鼻をくすぐる。

その髪をどかし、首筋にキスを落とすと、彩夏から長い吐息が漏れた。

その日は、互いの欲望の深さが、怖いくらいで……



いつもなら見る壁の時計も、いっさい目に入らなかった。



解き放った余韻。自分の上半身が、呼吸に揺れ続ける。

タバコ、どこに置いただろう。


「現実って……残酷よね」


同じように、身体を呼吸で揺らす彩夏は、息継ぎをしながらそう言った。

なんだか文学的で、思わず笑ってしまう。


「何か、小説でも読んだのか?」

「読まないわよ。私がそんなことをするように思える?」

「もちろん、思えないけど」

「でしょ。言葉なんて信用しないもの」


彩夏はそう言うと、ベッドの上で、うつぶせになった。

両手をあごの下に置く。


「いいことあったのでしょ、柾」

「ん? なんだよ。その急展開な質問は」

「急展開? そうでもないわよ。柾とは、こうして体でつながっているから、
わかってしまうの、何かいいことがあったんだなって」


彩夏はそういうと、何があったのかと聞いてくる。


「何かかぁ……そんなに浮かれているわけではないけれど、
まぁ、よかったことと言えば、塾での採用が、本採用になったということかな」

「あれ? 何よ、お試しだったの?」

「そうだよ。今の世の中、すぐにOKなんて出ないんだ」

「東城大学の経歴を持っていても?」

「そう、持っていても」


たった2ヶ月くらいの教師生活だけれど、

ただ勉強が教えられたら、それでいいというものではないことは、しっかりわかった。


「ふーん……いいわね、現実も楽しそうで」


彩夏は、うつぶせになっていた体をまた仰向けに変える。

視線は天井を捕らえ、そこから動かなくなった。




【6-5】

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