6 Instinct 【本能】 【6-6】

【6-6】


『電話番号とアドレス』



話しを聞きますよと言うアピール。

相馬さんは嫌がらずに受け取ってくれた。

午前中に来る浪人生は、相馬郁美という名前を繰り返した後、

彼女の名前だけを繰り返し、最後、自分の名字に、彼女の名前を足したものを、

そこだけ丁寧に書き残していた。



つまり……



彼女が自分のものになったのならという、男としての妄想と欲望。


確か、よく職員室に顔を出し、彼女に冗談を言う浪人生がいた。

あいつだろうか。


色々な『欲』を、受験という戦いのために抑え込んでいるのだから、

28歳の優しい年上の女性に、恋心を持つのは珍しい話しではないだろう。

しかし、『相馬郁美』は困る。



彼女を得るというゲームに参加するのは、僕だけで十分だ。



空いている席に戻り、参考書を軽く広げていると、携帯のメールが届く音がした。

僕は何気なく画面を見る。



『相談に乗っていただきたいことがあります』



相手は彼女。

僕は、笑いそうになる顔をなんとか無表情に保ち、そのまま職員室を出る。



『ちょっとややこしそうですね、授業が終了したら、いつでも電話をください』



あなたの悩みは、なんとなくわかりますという雰囲気を醸しだし、

僕は相馬さんに返信をした。





「さて、授業を始めます」

「宇野先生、一つお願いがあります」


アレンは珍しく、遅刻もせずに到着し、僕を宇野先生と呼んだ。

これは正しい姿なのだが、急に変わられると、逆にこちらが緊張する。


「何?」

「これ……解いてみて」


アレンが出してきたのは、数学の問題だった。

公式も利用し、結構な頭脳を使いこなさないと解けないような難問。

アレンの学校レベルでは、おそらく解かされることはないはずだけれど。


「なぜ?」

「なぜとか聞かないで、とにかく解いて欲しいの」


いつもならふざけるなと、軽く頭を叩く場面だが、そこは妙なプライドが姿を見せる。

僕は紙を受け取ると、いつも計算のメモとして使うレポート用紙を広げた。


「どれどれ」


アレンは、人の経歴でも疑っているのだろうか。

それならきちんと、見せてやる。

アレンのシャープペンシルを借り、それで数字を書き上げていく。

上の部分に小さなマスコットがついていて、カシャカシャ鳴るのがどうも気になった。


「なんだ、この使いにくいシャープペンは」

「人のなんだから、文句を言わないで」


僕はわかったと頷き、計算に集中する。そして数分後、

答えを記入し、そこにアンダーラインを引いた。


「はい、出来ました」

「……ちょっと待って」


アレンは制服のポケットから小さな紙を取り出し、それを広げて見せた。

そこには明らかにアレン以外の字で、この計算の答えが書いてある。


「……あってる」

「お前、バカにしているのか」

「違う……だって……」


アレンはそこから急に、安心したような表情を見せる。

いったい、今度は何があったと言うのだろう。


「何があったんだ」

「これ、うちの数学の先生が、出したの」

「数学の教師が、これを授業にか」


学校のレベルをなんだと思っているのだろう。

この問題は、うちの大学を目指すくらいの高校生でなければ、チャレンジなどしない。


「ずいぶん難しいことをさせるんだな、アレンの先生は」

「違うの。私が……『数学』が好きになったと言ったから」


アレンは、今まであまり成績のよくなかった『数学』が、

好きになったのだと教師に話したという。


「柾が教えてくれるようになってから、本当に、数学が楽しくなってきたの。
そりゃさ、こんな難しい問題は解けないけれど、でも、どうでもいいとは思わなくなって、
なんとか答えを出してみたいと思っていたら、色々と出来るようになって……」

「うん」


アレンの言っていることは、まんざらウソではない。

元々、彼女は頭が悪いわけではなく、ただ、斜に構えていただけだった。


「先生に、柾の話をしたの。そうしたら……」

「うん」

「『東城大学』の大学院を出たような講師が、
私みたいな三流の女子高生に、数学なんて教えないって……」


アレンはまたシャープペンシルを鼻の下に挟み、変顔をして見せた。

しかし、初めて会ったときとは違い、明らかに表情が悲しそうだ。


「バカだな、悔しいときには悔しい顔をしていろ」

「……いいじゃない、別に」

「本当に、アレンの教師がそう言ったのか」


いつも、明快に答えを出すアレンが、1、2秒無言になった後、

『うん』と返事をした。




【7-1】

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