7 Conditions 【条件】 【7-6】

【7-6】


「最初は亡くなったお母さんとの家なのかと思ったけれど、
教室長の話しだと、彼女は母親が亡くなるまで、静岡にいたらしい。
だから、東京にマンションなど、持っているわけがないんだ」

「……だとすると、やっぱり柿沼の……」


尚吾は、左手の小指を少し立て『愛人』なのかと聞いてきた。


「確信はないけれど、おそらくな。いくら築年数が古いとはいえ、
女性が一人で購入できるマンションだとは、思えない」

「そうだよな……」


尚吾は、相馬さんが住むマンションの近くに、大きな公園があると言いながら、

またソファーに寝転がる。


「このマンションを柿沼がねぇ。その代わりとはいえ、
あの腹が出ている中年に、抱かれて嬉しいのか……金ってすごいな」


尚吾は横を向き、手で頭を支えると、テーブルに置いた日本酒のラベルを見ながら、

去年賞を受賞していることに気付き、だからうまいんだと、妙に納得し始めた。

あいつの視線は、あちこちに映るので、急に言葉が飛び出してくる。


「だとしたらさ、気をつけろよ、柾」

「なんだよ、何を気をつけるんだ」

「何をって、もし、柿沼の愛人だと考えてみろ。お前に対して素直に応じるのは、
とっくに柿沼からあれこれ知識を入れられていてさ、
わざと釣られたふりをしているのかもしれないってことだよ」

「釣られたふり?」

「あぁ、そうだ。お前が『東城大学』の『理学部』を出ていること、
彼女は知っているんだろう。柿沼にさぁ、
近頃塾でこういう男が近付いてきているのとかなんとか、
相談していないとも限らない」



そう。それは避けようのない話しだった。

彼女は、僕の大学名と学部名を知っている。

柿沼の愛人ならば、もちろん、あいつのこともわかっているだろうから。



『宇野柾が何をするのか、様子を見てみろ』とでも、言われているかもしれない。



それでなくても、柿沼の鼻のよさは、昔から有名だ。



しかし……



「尚吾」

「何?」

「最初は、彼女に学部を誤魔化して伝えようと思ったこともあった。
でもさ、そんなことをすれば、逆に疑わしいだろ。柿沼が僕のことを覚えていて、
彼女に何かを言う可能性は高いけれど、だからゲームなんだって」

「柾……」

「男も女も感情で生きる動物だ。金持ちも貧乏人もなく、
『欲』がどう動くか、それが駆け引きだし」


柿沼に援助してもらっている彼女が、それを飛び越える感情で、

もしも僕に全てを開いたとしたら、あいつの悔しさは、相当なものになるだろう。

彼女自身とのつながりはまだ不明でも、

彼女の母親を、長い間愛していたことだけは、調べがついている。


「宇野には気をつけろとか、様子を見てみろとか、柿沼に指示をされているかもしれない。
でも、彼女と話をしながら考えたんだ。あまり構えてばかりいると、
余計に怪しまれる。両手を広げて、全てを見てみろという気持ちで近付かないと、
結局は、こっちを信じてもらうという逆転現象もおきなくなるだろうし」

「逆転現象……」

「あぁ……条件は柿沼より悪い僕を、彼女が本当に信じるのかどうか」



いまさら、何も怖くはない。

どうせ、どうあがいても、人生の勝負はついている。

何が変わっても、僕の存在など、あの怪物の足元にも及ばないのだから。



せめて、少しの刺激くらい、あってもいいはず。



尚吾の箸の進みがはやいので、僕は冷蔵庫を開け、

他にもつまみになりそうなものを、あれこれ出すことにした。





それにしても、ここのところ、柿沼の周りは慌しい動きが続いた。

イソギンチャクだった山田の裏切り、そして……


「『律民党』の福本議員、秘書が逮捕されたの」

「福本って、あいつ『厚生大臣』だったやつだよね」

「そう……製薬会社との癒着があったということで、動き出したみたい」


『中央新聞』の富田さん。

山田のご乱心を教えてくれたのは彼女だった。

『ストレイジ』の澤野さんと一緒に、店の隅に座るパターンが、近頃定番になる。

最初は緊張したけれど、話せば話すほど、報道に対してまっすぐな人だということも、

本当によくわかった。


「宇野さんは、柿沼教授が落ちるのを望む派だったわよね」

「……いや、僕はもう関係ないですから」

「そう? 関係ないことはないでしょ。
出身大学のトップ教授が、スキャンダルに巻き込まれるかもしれないんですよ」


そう、関係ないわけではない。

でも、柿沼の周りで起きていることに、僕は一切手を出すことなど出来ない。


「それなら……」


それなら……



「……岩佐幸志教授」



岩佐教授の名前が、富田さんの口から、飛び出した。

無関心を装うつもりだったが、そうもいかなくなる。


「岩佐教授が何か」

「うふふ……この名前には反応があるのね。ライバルだったのでしょ、柿沼さんの」



『宇野……いい研究だ。お前の思いはきっと、世の中を動かすぞ』



先生……



「宇野さんは、岩佐教授派だったと、そう山田教授からうかがいましたけど」


富田さんは、そういうと途中になっていたワインのグラスを一気に空にした。




【8-1】

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