8 Efficiency 【効率】 【8-2】

【8-2】


「いえ、そんな」

「それなら、今度ゆっくりと……」


そう、ゆっくりと……


「この間は、僕の授業の合間でしたから時間がなくて。
もっと、お話ししたいなと正直……」


それはウソではない。あなたは柿沼の何を知っているのか。

あなたが、柿沼をどれだけ受け入れているのか、それを知りたい。


「電話……してもいいですか」


ここで返事をさせるのも、難しいだろうと思い、僕はそう提案する。

相馬さんはわかりましたと答え、途中になっていた帰り支度を再開した。





「いい、ちょっとここを見て」


本採用になってから引き受けた、高校3年生の本田君。

志望大学もきちんと絞り、それなりに立ち向かおうとしている。

ペンを指に挟み、クルクルと回しながら、難問を一つずつ解いていく。

ゆっくりとした進み方だが、ここまでわかればおそらく答えは合うだろう。

僕は、凝り固まった首の筋肉を動かしながら、ふと時計に目をやった。



もう、家には戻っているだろう。

食事は済ませたのだろうか、それとも……



「先生、出来ました」

「うん」


気持ちを元に戻し、導き出した答えを見る。


「うん、答えは合っている。考え方も間違ってはいないけれど、
正直、この問題レベルにかけている時間としては長すぎるな」


『効率よく』

僕は、学生にも自分にもそう言い聞かせながら、その日の授業を終了した。





いつもの駅を降り、目の前にあるスーパーへ入る。

すぐに食べられそうなものを適当にカゴへ入れた。

食事を外でしていたら、電話の時間が遅くなってしまう。

几帳面そうな彼女の性格だから、携帯を横に置き、いつ鳴るだろうかと、

気にしているかもしれない。

マンションのカギを出し、エレベーターに乗り、扉を開けた。

スーツを脱ぎ、ラフな格好になる。

とりあえず、今日1日の動きを知ろうと、テレビのスイッチを入れた。

缶ビールのプルを開け、まずは喉を潤していく。

取り立てて、真剣に見る話題はなさそうで、買ってきた惣菜のパックを開け、

から揚げをひとつだけ口に入れた。

準備はOK。

携帯を持ち、口の中身が無くなるタイミングで彼女の番号を回す。

呼び出し音が聞こえてから数秒後、『はい』という返事が戻った。


「もしもし、宇野です」



僕はゲームをもう一コマ進めるため、自らサイコロを振った。



『あ……お疲れ様でした』

「ありがとうございます」


相馬さんは、担当になって間もない本田君について、勉強の進み具合を聞いてきた。

僕は、彼は真面目で、成績も伸びつつあると、そう報告する。


『よかった……本田君、大学もずいぶん前から絞っていたので』

「でしょうね、彼は受験にぶれてないですから」


何気ない世間話。『効率』という点からすると、マイナスかもしれないが、

心をほぐすには、こんな時間も必要だ。


「いったい、相馬さんはどれだけの学生を把握しているのですか」

『どれくらい……ですか?』

「はい。担当講師の方々に聞くよりも、
あなたに聞いたほうが、子供たちの素顔を教えてくれる気がします」


それはウソではなく、本当にそう思った。

俊太のことも、アレンのことも、彼女が情報を入れてくれたことで、

別の角度から対することが出来た。

相馬さんというワンクッションがあるおかげで、彼らとの関係も、

良好に保てている。


『いえ……ただ私は、受験に無関係な立場なので、
子供たちがきっと本音を言いやすいのだと思います』


遠慮がちに語る口調。

それは初めて会ったときから、ずっと変わらない。

ここが演技なのか、それとも本当の姿なのか……


「僕もそれは思います。相馬さんは話しやすい方ですから」

『エ……』


ベタないい方かもしれないが、遠まわしにして伝わらなければ困る。

来週あたりで、ゆっくり食事が出来る時間はないかと、そのまま尋ねた。

『東城大学 理学部』を出た男。

もうすでに、彼女は柿沼から、『僕』について、何かを聞いているかもしれないが、

でも、それを恐れていては、一歩も前には進まない。

『男と女』という生き物が、本当の意味で本音を見せ合うのは、

何もまとわないときしかないのだから。


「相馬さんのご都合に合わせますよ。僕の仕事は時間を作りやすいですから」

『……はい』




来週の木曜日、午後7時。




その約束の日に僕の担当授業はないため、彼女の仕事が終わるのを待ち、

駅で迎えることにした。




【8-3】

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