8 Efficiency 【効率】 【8-3】

【8-3】


「はい、出来ました」


その日を3日後に控えた月曜日、僕はアレンの授業を行ない、

その成長ぶりを感じることになった。


「うん……あっている」

「でしょ、でしょ、でしょ。私ってすごくない?」

「あぁ、すごい。たいしたものだ。最初に出会った時には、
こんな問題がこなせるようになるとは、思わなかったからね」

「うん……」


スポンジのように、アレンはぐんぐん吸い取った。

元々、数学はコツさえつかめば、答えは自然と導かれる。

解けるようになると、また喜びが生まれ、

さらに上へという、いい意味のスパイラルが出来てくる。


「ねぇ、柾」

「何」

「私、頑張れば大学に行けるかな」


アレンはいつものように話をはぐらかす態度ではなく、

心の底から搾り出すような声を出した。

『大学進学』

子供が少なくなってきた今の時代、大学進学率も大幅に上がった。


「行けるよ。アレンはまだ高校1年だ。これからもっと色々興味を持って、
やりたいことを見つけて、それで進みたい学校を決めたら、
あとは学力を伸ばすだけだろ」


何を目指すのか、どう生きて生きたいのか、目標を定めさえすれば、

道は開けていくはず。


「学費だって、自分でバイトをして稼ぐ学生はたくさんいる。
親が金を持っていなければ進学できないなどと、諦める必要はないよ」


地方から一人暮らしをしなければならない学生なら、ハンデはもっと大きいけれど、

幸い、このあたりなら、十分家から通える大学は存在する。


「ねぇ、柾はどうしてここの先生になったの?」



突然の質問だった。

構えていないところに飛んで来た球。僕は思わず、動きが止まる。


「どうして急にそんなことを聞くんだ」

「だって、庄治先生はよく言っていたもの。教員になりたかったけれど、
試験に合格できなくて、それで塾の先生になったって。でも、柾は違うでしょ。
今も別の仕事を持っているのに、どうしてここにいるのかな……って」


どうしてここにいるのか、なぜここへ来たのか。

申し訳ないが、アレンには語れない。


「僕の普段の仕事、アレンは知らないだろ」

「もちろん知らない」

「それなら教えてやる」

「うん」

「植物には、基準の強さがある」

「基準の強さ?」

「そう、ようするに、どれくらいの力を加えたら茎が折れるのかとか、
どれくらいの寒さや熱さに耐えられるのかとか」

「耐久性ってこと?」

「まぁ、そうだね。具体的には、
自然界の災害にどれだけ耐えられるかということだけれど」


同じお金、同じ手間なら、より強く、より収穫できるものを望む。

それは進歩を常とする人間なら、当たり前のことだろう。


「そういった災害に強い品種を作って、業界に送り出すこと、
そこが仕事のメインかな」


内部の人間ではないからこそ、他の企業のものでも、色をつけずに判断できる。


「毎日、機械とデータのにらめっこだ。見ているものは植物とか、種とか」

「うん」

「だからかな、人と接することが少なくなってしまって」


気がつくと、誰とも話さずに家へ戻ることなど、何度もあった。


「そっか……機械と種ね」

「もちろん大事な仕事だけどね」

「ふーん……」


アレンはどこまで理解したのだろう。

まぁ、どうせ、繕ったような言葉だから、どうでもいいことなのだけれど。


「いらないと思っても、ないとなると欲しくなるのかな」


アレンはそういうと鉛筆をクルクルまわし、また視線を下に戻した。





実験開始から10日。

見た目は変わらないように思えるけれど、明らかに水分量は多い。

これが限界点を越えたとき、いきなり表面に飛び出してくるとなると、

雨続きのときに、耐え切れないかもしれない。



『だからかな、人と接することが少なくなってしまって』



この間の授業。アレンの疑問に、

我ながら、よく咄嗟に理屈をつけられたものだと、そう思う。

一日こうしてデータを見ているだけで終わるとしても、

誰とも話しをしなかったとしても、それはそれで構わない。

彩夏ではないけれど、余計な接待などに時間をとられて、

おもしろくもない話しに相槌を打つほうが、よっぽどストレスが溜まる。



『僕もそれは思います。相馬さんは話しやすい方ですから』



しかし、あの時そう言ったのも、間違いではない。

始めこそ、相馬郁美の軸がわからずに、どういう態度をすればいいのか迷ったが、

『受け続ける』視線を持つ彼女に対していると、

自然と自分が話している時間が多くなる。

教室長が言っていたことが本当だとすると、過去には何があったのか、

それが今の彼女に、どう影響しているのか、そんなことも知ってみたくなった。


あの力の抜けたような存在が、

柿沼に何を渡しているのか……


いや、柿沼から何を得ているのか。


彼女を知りたいという思いは、僕の中でどんどん膨らんだ。




【8-4】

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コメント

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遅くなりました

拍手コメントさん、こんばんは
ごめんなさい。近頃、ゆっくりPC前にいられなくて、
更新だけして、閉じてしまっていました。

読むスピードは、ゆっくりでもOKですよ。
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