8 Efficiency 【効率】 【8-4】

【8-4】


「相馬さん」

「……あ……エ?」


彼女は、僕が車で登場すると思わなかったのだろう。

驚きながら、視線を右に左に動かしている。


「ダメですか、車」

「いえ、そうではないのですが。まさか車で来てくれるとは思わなくて」


僕は助手席を開けると、彼女に座ってもらう。

運転席へ戻り、シートベルトをつけた。


「相馬さんと食事をするのなら、お酒は入らないですし。電車もいいですが、
いつも移動に使うので、たまには車を動かしてやろうかなと」


彼女の住所も聞いている。

もちろん、最終的には送り届けるつもり。


「そうですよね、本当は運転した方がいいですよね」

「相馬さんも、免許をお持ちですか」

「はい、免許だけはあります」

「……だけ?」

「はい。運転をするという勇気を、どこかで無くしました」


最初のカーブを曲がると、幹線道路に出られる信号が見えた。

僕は赤のため、ゆっくり止まる。


「昔は病院に通うために、運転していたのですが、
東京に出てきてからは、めっきりしなくなって」

「……病院」

「はい。亡くなった母の看病に、通っていたものですから」

「そうですか」


幹線道路に出ると、一気にスピードが上がった。

午後7時に待ち合わせしたとはいえ、街はまだ夜景といえる暗さはなく、

中途半端な状態が続く。


「お母さんは、病気で亡くなられたのですか」

「……はい」


相馬さんの母親。

柿沼が、結婚前からずっと愛していたという女性。


「亡くなられてから、どれくらい経つのですか」


今までリズムよく言葉が返ってきたので、深く考えることなく、

ボールを戻したつもりだった。しかし、相馬さんの口は閉じられてしまう。



ダメか……



「ごめんなさい、思い出したくないですね」

「いえ……」


少し中身を探ろうとすると、途端にそこでシャッターが下りる。

心を許してくれているのか、そうではないのか、判断がつきにくい。


「宇野先生のお母さんは、今でもお元気なのですね」

「あ……そうですね。一人で暮らしてはいるのですが、近所に母の姉、
僕の伯母夫婦が暮らしているので、何度東京へ出てくればと言っても、
嫌だと言い返されます」

「そうですか」


生まれてからずっと、田舎暮らしをしてきた母にすれば、

東京のようにゴミゴミしたところに来るのは、確かに嫌なのだろう。


「でも、僕は東京でないと勤められないような形で働いているので、
まぁ、まだしばらくは、小言の電話ばかり取ることになるのでしょう」


何度言っても代わらないけれど、それは親の愛情。


「電話ですか……うらやましいです」


相馬さんはそういうと、何かを思い出したのだろうか、少し笑顔を見せる。


「うらやましいですか……そんなことを言われたのは、初めてです」

「そうですか?」


道路は順調に僕達を目的地へと運び、予定よりも10分程度早く、店へ到着した。

予約をしていたために名前を言い、ウエイターの指示にあわせ、店内へ進む。

通り過ぎる窯の前では、焼きたてのピザがいい匂いをさせる。

僕たちは案内された席につき、メニューを受け取った。


「堅苦しい店ではないので、好きなものを食べましょう」

「はい」


生演奏をする店なども知っていたけれど、今回はあえてカジュアルな場所を選んだ。

彼女が柿沼と食事をするとしたら、おそらく来ないような場所だ。


「なんだか美味しそうな匂いを嗅いでしまったからなのか、ピザに惹かれます」

「それなら、このコースにしませんか。好きなピザが2枚選べます」

「あ……はい。そうします」


オーダーするためにウエイターを呼び、

その代わりの水が入ったグラスを受け取っていく。

その間にも、僕らのような若い客が、どんどん店内を埋めた。


「今日はお誘いを受けていただいて、ありがとうございます」


相馬さんは、『いいえ』と笑顔で返事をくれる。

堅さの取れた、柔らかな表情。


「宇野先生が知りたいことの、参考になればいいのですが」


相馬さんは、僕がまた塾の学生について、色々と聞くと思っているのだろう。

しかし、今日はそうではない。


「お話したいことがというのは、実はお誘いするための口実です」


そう、あなたを誘い出すためのただの言葉。


「それじゃ……」

「すみません。こうして食事がしたいと思っただけです」


僕の言葉に、相馬さんは下を向いてしまった。




【8-5】

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