8 Efficiency 【効率】 【8-5】

【8-5】


『食事がしたいと思っただけ……』



僕の言葉に、ほんの数秒、静かなときが流れる。


「相馬さんと関わることで、自分自身、とても安らげていることに気付いて。
学生のことを話すときもそうですし、ちょっとしたあなたの仕草や態度を見ていると、
その優しさとか、女性らしさがすごく見えてきて……」


そのおとなしいあなたの姿が本物なのか、

それとも……


「もっと、相馬さん自身を知ってみたいと言う気持ちが、日々、膨らむものですから。
思い切って、こうしてお誘いしました。
それと同時に、僕のことも、もっと知って欲しくて」


金や地位では柿沼に並ぶことはありえないけれど、

『男と女』はそれだけで終わらないはず。


「……という気持ちです」


下を向いていた相馬さんの顔が、前向きに戻る。


「ありがとうございます」


相馬さんはそういうと、少しほっとしたような表情を見せてくれた。





「へぇ……そうなのですか」

「はい」


料理が運ばれてきて、素直に出て行く話題は、やはり塾のことだった。

相馬さんと同じように事務をこなす藤岡さんは、高校時代、あの塾で勉強し、

短大を出た後、事務として戻ってきたという。


「昔から、明るくて人気者の子でしたから」

「あぁ、わかります。彼女は話し上手ですよね」


サラダのドレッシングが選べるため、それぞれ気に入ったものを選び、

運ばれてきたコーンスープの濃厚さを、互いに褒めあった。

これほどじっくり煮込むのは、結構手間がかかるのだと相馬さんから聞き、

僕は以前改良した『とうもろこし』のことを思い出す。


「以前、とうもろこしの品種改良に関わったことがありまして」

「品種改良ですか」

「はい……」


とうもろこしの粒を揃えるには、色々とコツが存在する。

しかも、葉をむいたとき、見える色の違いで、食欲のわき方も違うから大変だ。

僕は学生時代から関わってきた『植物細胞』の話を、自然と広げていて、

気付くと、料理を食べていくスピードが極端に落ちていた。


「あ……すみません。つい……」


『植物細胞』の話題。

なぜ、そんなものを選んでしまったのだろう。

しかも、取引相手でも、研究者でもない人に、これほど語るなんて。


「いえ、とても楽しく聞いていました。『とうもろこし』の話から、
『植物細胞』っていうのですか。強い細胞を生かして、それをこう……えっと」

「広げていく」

「はい。広げるということは、根気のいることなのですね。
私は理数系の頭がまるでない人間なので、未知の世界の話しだなと思いながら、
でも、普段口にする食材の話しでもあるので……で……」


相馬さんは、謙遜しながらも、僕の話の核部分についての感想を述べてくれた。

そのしっかりとした意見に、正直驚いた。

彼女は僕の話を、本当に真剣に聞いていたから。

こんな普段の生活には関係のない、専門知識全開の話し、

誰だって、退屈になるはずなのに。


いや、これだけ長く僕が話をしていたことが何よりの証拠。

彼女が聞き上手だから、止まらなかったのだろう。


「宇野先生は、『東城大学』で、そういったことを学ばれていたのですね」



『東城大学』



「あ……はい」


そう、僕は大学でずっと、こういったことを研究し続けた。

将来は農業がもっと楽になって、人手がないからと枯れ果てた土地ばかりにならず、

少ない人数でも効率よく作物が育てられるように。



そういう道を、進むはずだった。



「宇野先生の先生は、どんな方でしたか」



僕の先生……

そうだ……彼女は……



柿沼を知っている。



自分が気持ちよく話していたので、聞いてくれていると思っていたけれど、

彼女がそういったことに興味を持った振りが出来るのは、

柿沼と付き合いがあるからなのかもしれない。



「僕の先生ですか」

「はい」


相馬さんの目が、こっちを見たまま次に出る言葉を待っている。

彼女の思いと、僕の思い……



「僕が、今でも先生と尊敬しているのは……」



あのふてぶてしい顔が、横柄な態度を取る男の顔が、浮かんでくる。

それでも、ウソなどつかない。

たとえあなたが、誰にこの話をしたとしても。



「岩佐教授という方です」



僕は、彼女の目を見ながら、しっかりとそう言い切った。




【8-6】

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