9 Tailing 【尾行】 【9-1】

9 Tailing 【尾行】

【9-1】


「すみません、また、ご馳走になってしまって」

「いえ、お誘いしたのは僕ですから。気にしないでください」


彼女に対し、ただの事務員さん以上の気持ちがあること、

今日はそれを伝えることが目的だった。彼女の口から大学の話が出て、

岩佐教授や柿沼教授の名前まで出すことになったが、

これで態度が見えてくるかもしれない。

柿沼に遠慮し、岩佐教授を褒める僕を遠ざけようとするのなら、

このゲームは終了してしまう可能性もある。

それは、『男』としての魅力も、僕があいつに負けるということ。

選ぶのは彼女なのだから。



しかし……



「送りますよ」

「いえ、その辺の駅で降ろしてください」

「そんなこと、言わないでください。時間も遅くなります。
一人でなるべく暗い道を歩かないほうがいいですし」


それでもまだ、僕と一緒にいる時間を持とうとするのなら、

さらに一歩奥へ、進むことが出来るはずだ。



彼女を開くことが……出来るはず。



「遠慮しないで……」


僕はそういうと、彼女を助手席に座らせて、マンションに向かって車を走らせた。





住所はこの間の出来事ですでに知っている。

このままマンション前まで送ったとしても、おかしくはないだろう。

帰りも渋滞に巻き込まれることなく、順調に車は進み、

ほぼ予定していた時刻に、彼女のマンションへ到着する。

建物の造り、周りの雰囲気。

ネットですでに確認していたものの、分譲マンションで間違いなかった。

あらためて前に立つと、彼女が一人でここに住むことの不思議さが、湧き上がってくる。


「ありがとうございました。何から何まで」

「いえ……」


相馬さんは頭を下げて、ドアノブに手をかけようとした。

僕は右手をつかむ。

彼女は驚いたように、視線を向けた。


「また、誘ってもいいですか」


これからも、塾の外で会うこと。

互いを知っていく時間を作ること……


「ダメですか」


相馬さんは首を横に振る。


「ありがとう」


僕の言葉に、彼女はあらためてお辞儀を残し、車を下りた。

僕は、エントランスの前で見送ろうとしてくれる相馬さんに軽く手をあげ、

その場から走り出す。

マンションの角を曲がり、しばらく走っていると、助手席の足元に、

ハンカチが落ちているのが見えた。

あれから10分。

また塾に行くときでも渡せばいいかと思ったが、

もうその瞬間は車をUターンさせていて、自然と脇の道に入っていく。

角を曲がったところで、彼女に電話をしようかと思っていたら、

さっきまでなかった黒い車が、マンションの横に止まっていた。

並んで止まるわけにはいかないので、走り出すのを少し後ろで待っていると、

中から見覚えのある男が姿を見せる。



『柿沼栄三郎』



後部座席から降り、エントランスの方へ進むのは、間違いなく柿沼だった。

運転手は柿沼のいなくなった車を、ゆっくりと前に進めていく。

僕は速くなる鼓動を抑えながら、その車の後をゆっくり走り、曲がり角を出る。


少し前に彼女と別れたエントランスにはもう、柿沼の姿がなかった。





わかっていたことなのに、こうして真実を目の前にすると、

予想以上に衝撃が走った。

あの相馬郁美はやはり、柿沼の愛人で間違いないのだろう。

だから僕に『東城大学』の話をさせ、岩佐教授の名前を出させたのかもしれない。


僕は携帯を取り出し、彼女の番号を鳴らしてみる。

呼び出し音が3回鳴った後、彼女の声がした。


「もしもし、宇野です」

『あ……はい』


今、そばにあの男がいるのだろうか。

受話器越しには、何も気配を感じない。


「すみません、助手席にハンカチが落ちていたことに、今気付いて」

『エ……あ、すみません、私』


僕と帰る時間をある程度計算し、相馬さんは柿沼を待たせていたのだろうか。

もしかしたら、彼女を車から降ろした僕の姿も、見ていたかもしれない。


「まだ近くにいますので、戻りましょうか」

『いえ、塾の時で結構です』

「……そうですか」


今日ではない日にして欲しい。ここへ戻ると言った僕に対して、

彼女はすぐにそう答えを出した。

それは、僕に対する遠慮なのか、それとも、柿沼がそばにいるからなのか……



僕は車の中から、彼女が住む3階の窓を見る。

カーテンの灯りがついている部屋がいくつかあった。

部屋番号を当てはめていくと、あの灯りではないかと、つい視線が止まる。


「それでは、おやすみなさい」

『おやすみなさい。今日はありがとうございました』

「いえ……」


受話器を閉じ、そして、携帯を彼女が残したハンカチの上に置く。



『柿沼栄三郎』

僕の全てを奪い、なにもかも崩した男は、生贄のため息を吸い込み、さらに力をつけた。

今や世の中を自由に動かし、あの時以上に権力で身を固める男となっている。



「ふぅ……」


僕はエンジンをかけ、

そこからは何も考えないようにしながら、アクセルを踏み続けた。




【9-2】

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