9 Tailing 【尾行】 【9-2】

【9-2】


何がこれだけ苛立たせるのだろう。

相馬郁美が、どういう女なのか、わかっていながら近付いたはずなのに。

思い描いていた形と正反対の現実。

彼女の見せてくれる顔に、僕自身が騙されていたということだろうか。

何も知らない顔をして、実は全てを知っているのだとわかったことが、

僕の気持ちを乱すのだろうか。


「……柾」


目を閉じてしまえば、年齢も容姿も関係なく、

貫く快感だけで、全てを埋めることが出来るだろう。

しかも、望むものをかなえる力があるのだから、他の人では味わえない、

別の満足感も得られるに違いない。

『不倫』だの『年の差』だの、世間の目など、

始めからどうでもいいことなのかもしれないが。


「……イテッ」


目の前で荒い息を吐く彩夏が、僕の背中に爪を立て、力を込めて動かした。

それだけでは足りないのか、耳に噛み付こうとする。


「何、何するんだよ」

「どうしたの?」

「……エ?」

「私、どうなっていると思う?」


彩夏は、壊れてしまうと言いながら、何度も呼吸を繰り返す。

僕は、その瞬間、我に返った。

彼女の頭はベッドの上に押し付けられるようになり、窮屈そうな姿勢で、

こっちを睨みつける。


「……ごめん」


いつの間にか、僕は感情を押しつけるだけで、彩夏の顔など見ていなかった。

これでは、彼女が怒るのも無理はない。

僕は、謝罪の意味も込めて、彩夏にキスをした。





「何があったの?」

「何もないよ」

「ウソ。心ここにあらずだったもの。柾の視線が……」


まどろみの時間、僕のタバコの煙が、部屋の中をふわりと漂う。


「そうかな」

「そうよ。少し待ってって言ってるのに、おかまいなしだし。
もう、壊されると思って」

「壊される? 全く、オーバーだな」

「オーバーじゃないわ。私は柾の奴隷ではありませんから。
互いにいい関係でなければ、意味ないでしょう」

「はいはい」


互いに満足感を得るため、僕達はこうしてここにいる。

確かに彩夏の言うとおり、押し付けるだけでは、成り立たない。

もう一度と、触れようとした手は、予想していた彩夏にはじかれる。


「もう今日はおしまい。嫌よ」

「……うん」


今日は完全に僕が悪い。自分でもそう思う。


「クスッ……」


隣に座る彩夏は、確かに笑った。僕はすぐに横を向く。


「たまにはいいわね。柾を払うって言うのも」

「どういう意味だよ」

「別に……」


彩夏は手を伸ばし、自分のタバコを口にくわえた。

僕はそばにあったライターを取り、そのタバコに火をつける。


「ちょっと邪険にされると、また会いたくなるでしょ」

「ん?」

「いつも従ってばかりいると、男は調子に乗るのよ。
たまには『あれ?』って態度を見せると、逆になんとかしようとする」

「それは彩夏の恋愛論?」

「私のではないです。世間一般的によ。男と女なんて、所詮ゲームですから」



ゲーム……



「ほぉ……」

「ほら、言っていたでしょ、ちょっと気になる人が取引先にいるって」

「あぁ、うん。女子力の強いやつに弱いっていう男だろ」

「そう。それがね……」


彩夏は、その彼が先日、注文した品物の数を間違えたために、

大変なことになったと話しだした。なんとか時間に間に合わせようと手伝い、

そこで彼に強気の言葉を投げたという。


「あなたの無責任な行動のせいで、大変なことになるところだったって」

「言ったのか」

「そうよ。どうせ私のことなど眼中にないと思っていたから、言いたいことを言ったの。
そうしたら、それが胸に響いてしまったって」


その男性は、姉3人の一番下らしく、彩夏の怒りの言葉が、

昔から姉たちにかけられている言葉に聞こえてしまい、急に態度を変えたという。


「食事に行きませんかって、誘ってくれたの」

「は?」

「でしょ、私もびっくりだったけれど、まぁ、それはそれかなと」


彩夏はここで守りに入らずに、自分らしく振る舞うつもりだと、

楽しそうに語っていく。僕も、2本目のタバコを手に取ってみる。


「ゲームか」


『男と女』は、そもそもゲーム。

僕は、相馬郁美のことを考える。

彼女が、柿沼の地位を愛し、金を欲しがる女性なのだとしても、それに驚く必要はない。

いや、それだからこそ、振り向かせたときの意味は、大きいのだから。


「そうだよな、ゲームだ」


そう、何も全てを真剣に捉えることなどない。

僕は、一度大きく背伸びをした後、吸おうとしたタバコをしまい、

先にベッドを出た。




【9-3】

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