9 Tailing 【尾行】 【9-3】

【9-3】


時は確実に進み、カレンダーは7月を過ぎると、8月をむかえた。

担当学生の試験結果を受け取り、アレンの数学がさらに伸びたことを知る。


「いやぁ……宇野先生、ありがとうございました。
あの問題児だと思っていた山東アレンが、ここまで成績を伸ばせるとは」

「いえ、彼女は元々頭のいい子です。気持ちをどう持って行ったらいいのか、
そこがわからなかったのでしょう」

「そうかもしれませんね」


俊太の理科も安定してきた。

まだ『海南』の合格ラインには届かないが、確実に実力はついてきている。

大学受験を控える本田君は、今回理数系の成績はよかったが、英語が落ちた。

センターを受ける予定なのだから、バランスは保ちたい。


「あれ?」

「何?」

「相馬さん、もしかしたらチーク、変えました?」


職員室の隅で、引き継ぎをする相馬さんと藤岡さん。


「あ……うん」

「いいです、いいです。こっちの方が。うん、明るく見えるし、かわいく見えますって」


藤岡さんは、それなら服装ももっと明るめの色を選び、

オシャレにしたらどうだと、ここぞとばかりにアピールする。

相馬さんは、少し気分を変えただけだからと、圧倒されながらも、

自分なりの返事をした。



『明日、時間は7時で大丈夫?』



僕は彼女のアドレスを呼び出し、そう打ち込むと、送信する。

そう、僕たちはあれから食事という名前のデートを繰り返すようになった。

イタリアン、和食、フランス料理。

相馬さんにはアルコール以外の嫌いなものはないそうで、

どこに連れて行っても、楽しそうに笑ってくれた。



そう、柿沼を知っている僕を、

あの日、柿沼を褒めなかった僕を、彼女は遠ざけなかった。



僕を知りたいと、思ってくれているのだとしたら……



その気持ちに、応えないと。





何度目のデートだろう。

フロントガラスに、雨粒が少しずつ落ち始めた。


「雨ですね」

「そうですね、よかった、車で」


急な予想外の雨。こんなとき、車だと安心出来る。

時間が遅くなろうと、人混みに不快な思いをしなくて済むからだ。

信号が見えたので、ウインカーを左に出す。

ここを曲がれば、マンションはすぐ。


「ありがとうございました。いつもすみません」

「いえ、こうして送り届けないと、なんだか心配になるもので」


車を出せる場所のときには、いつもマンションまで送ることにしている。

僕はカーブにゆっくりと入り、マンションのエントランス前でエンジンを止めた。

今日は……


「それでは……」


外に向かおうとした彼女の手を、強く握った。


「待って……」


驚いた顔が、困った顔に変わる前に……



僕は手を離さないまま、彼女に顔を近づけ……



初めて、相馬郁美の唇に触れた。



避けられなかった。



「ごめん……強引なことをして。でも、そろそろ僕の思いをわかってほしくて」



僕の思い。



積み重ねてきた将来を、あの男に踏みにじられ、

やり場のない思いを、身代わりにぶつけようとしていることを……



いや、そうではなくて……



「迷惑かな」


少し戸惑っているように見えた人は、その数秒後に、小さく首を振った。


「少し……驚いただけです」

「うん……」


ワイパーの動く音、そして降り続く雨の音が、

僕らの鼓動と一緒に、時を刻み続けた。




【9-4】

コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント