10 Apology 【謝罪】 【10-2】

【10-2】


カレンダーは9月に入った。

アレンが僕の担当から外れたため、この秋から入塾した小学校4年生の男の子を、

あらたに引き受けることになる。

時間は俊太と同じ。二人を左右に並べて、授業をすればいい。

そうすると、今まで残っていた時間が空いた。


「それでは、失礼します」

「あ……お疲れ様です」


相馬さんよりも先に塾を出て、帰りの電車に乗る。

僕と彼女の家は、途中まで電車が同じだ。

2つ先の駅のホームに降り、次の電車を待つ。

扉が開き、客に押し出されるように、相馬さんが降りてきた。


「大丈夫? なんだか潰されていたみたいだった」

「少し、息苦しかったです……」


彼女の乗ってきた電車をそのまま見送り、

揃ったところで次の電車に乗り込み、語り合える場所へ向かう。

その日は、食事をするには少し時間が早いので、

今、人気がある映画を見ることにした。

確かに客も入っているけれど、平日だったからなのか、座れないほどではなくて、

僕達は当日券を買い、少し後ろの席に並んで座った。


英語のセリフに、流れる日本語の字幕。

いいシーンには、気持ちを高めてくれるような音楽が、流れ出す。

音楽が後押しをするように、会場全体が、スクリーンに映る二人に、

気持ちを入れていく。

女性は女性に、男性は男性に、自らを重ねながら……

相馬さんもその中の一人だろう。

真剣に画面を見ながら、時折、ため息をついた。


僕は彼女の右手に触れる。


少し驚いたような仕草をしたけれど、相馬さんもそれを拒絶せず、受け入れてくれた。

じんわりと温かくなる、僕の手の中。



『君も、色々とご活躍のようだね。こういった研究部門にいるかと思えば、
全く関係のない部門で、頑張るとは……』



柿沼栄三郎。

あなたに僕が叶うものなど、何一つないだろう。

でも、『男と女』のことだけは、金や地位だけでは割り切れないことがある。

あなたが愛情を注ぐ彼女。



僕が……

この手で、彼女の全てを開いてみせる。



僕は相馬さんの手を取ると、指と指をしっかりとからめ、その先があるのだと告げる。

流れる音楽に耳を傾けていると、少しだけ鼓動が速くなるのを感じ、

目を閉じながらここからだと、自分自身に言い聞かせた。





「どうでしたか」

「ラストは出来すぎのような気もしましたけれど、でも、最後まで楽しめました」

「そうですか」


映画館の中は、女性が7割くらいいた気がする。

主演俳優を見ても、女性向きの映画であることは間違いないだろう。


「宇野先生は、どうでした?」

「男としては、少し物足りないかなと……」


女性目線で描かれた男は、同性から見ると、くすぐったい気がする。

女の涙に、あたふたしていて、結局話をこじらせていたのだから。


「まぁ、客観的に見るのと、実際に自分が体験するのとは、違うのでしょうけれど」


僕はそう言うと、食事の場所はどこにしましょうかと、彼女に問いかけた。





映画を見終えた後、僕達はいつものように食事をすることにした。

天気予報どおり外は雨が降り出し、ガラス窓に雨雫が並んでは落ちていく。

いつもなら、塾の話しや、どうでもいいような話題をつなげられるのに、

互いに少し緊張しているのか、食器が動く音だけが、耳に届く。


「宇野先生」

「はい」

「いつも、私と食事をするときに、お酒を我慢されているのは申し訳ないです。
今日は車ではないですし、少しくらい」


相馬さんは、自分が付き合えないのが申し訳ないと謝り、

僕にドリンクのメニューを勧めてくれた。確かに、お酒でも入ったほうが、

勢いもつくのだろうが、今日はそういう気持ちにならない。



越えるという気持ちが、そうさせないのかもしれない。



「大丈夫ですよ、僕は我慢しているわけではないですから」


お酒を飲み、気分を高めていくのなら彩夏との付き合いで十分だ。

僕にとって、あなたはそういう相手ではない。

『越えていく』瞬間を、自分にしっかりと刻み付けたい。


「そうですか……それなら」

「はい」


柿沼が、思い出とともに愛している人。

その人が今、目の前にいる。

おとなしいような顔をして、僕のことも、あいつに話しているのだろう。

それでもいい……



僕が生きているのは、今。



「宇野先生」

「はい」

「宇野先生にとって、今までで一番楽しかった思い出って、どんなことですか」

「……は?」


突然、相馬さんから飛び出してきたのは、予想もしていなかった質問だった。




【10-3】

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