「はい、わかります。それではこれから伺います」
授業を終えて、もう一度警察に連絡を入れると、
アレンは黙ったまま、椅子に座っていると言う報告を受けた。
警察の方に、本人と電話を代わりましょうかと言われたが、それは断った。
今ここで、アレンの声を聞いたら、どうしてこんなことになるのだと、
そこから止まらないくらい怒ってしまいそうだった。
僕は、メモをポケットに入れ、荷物を持つ。
「宇野先生」
「はい」
「私も行きます」
相馬さんは、藤岡さんが到着したので、アレンのところについていくと、そう言った。
後ろで話を聞いていた教室長も、そうしなさいと言ってくれる。
「申し訳ないな、宇野先生。本来、あなたに頼むような話ではないのだけれど」
「いえ……」
「相馬さんの言うとおり、アレンの感情を第一に考えて、後はそれからだと思うので、
とりあえず行ってくれますか」
僕が教室にいる間に、相馬さんは教室長に話をしたらしく、
すっかり僕が迎えに出る話がついていた。
教室長は、アレンの母親に、警察へ行くように塾から話をするとそう言い、
僕らを送り出してくれた。
塾を出て、相馬さんと駅まで歩く。
「根負けですね」
「エ……」
「相馬さんにですよ」
そう、今回は僕の『根負け』だ。
彼女との関係を崩したくないという弱みと、
絶対に引き下がらないように思えた彼女の押し。
「……すみません」
『すみません』
僕は、彼女から何度この言葉を聞いただろう。
しかも、ほぼ全て、彼女が悪いわけではないところで飛び出してくる。
「アレンのためではないですからね」
そう、アレンが困っているから、僕は行くわけではない。
これはハッキリさせておく。
「あなたが、悲しそうな顔をするから……『すみません』と謝るから、
だから行くんです」
『すみません』と本来言わなければならないのは、一体誰なのか。
それを僕自身が一番知っているので、だから、拒絶出来なかった。
あなたを悲しませることになるのは……誰なのか。
「……すみません」
ほんの少し前の『すみません』より、ちょっとだけ明るい口調が、
僕の気持ちを、落ち着かせた。
アレンがいる警察は、塾から学校に向かう途中にあった。
別に自分が罪を犯したわけではないのに、あの独特の雰囲気に、
扉の中に入った瞬間、空気が変わった気がする。
やはりこういう場所に来るのは、緊張するものだ。
「宇野先生。電話では、少年課の木戸刑事を尋ねて欲しいと、言われました」
「うん……」
二度目の扉を開け、廊下を見ると、木戸刑事を探すまでもなく、
そこにはうなだれたアレンと、女性警官が一緒に座っていた。
「山東さん」
相馬さんの声に、アレンが反応する。
「……先生、相馬さん」
アレンは、一瞬緊張した顔を見せた。
本当に僕が現れたことに、驚きがあったのだろうか。
以前、塾に遅れてきたときと同じく、制服が汚れ、髪の毛も乱れている。
僕は何も言わないまま、アレンに近付いた。
「本当に来たんだね、柾。あはは……やだ、驚いた……」
アレンは手を叩きながら、軽く足踏みをするような仕草を見せた。
二人揃って来るなんてと、わざとらしく笑顔を見せる。
「アレン……お前なぁ」
「すごいね、今時の塾って、ここまでするんだ」
アレンの言い方に、腹が立った。
僕は瞬間的に手をあげたが、それは予想していた相馬さんにつかまれる。
「宇野先生」
目を閉じ、叩かれるのを覚悟したアレンは、両手をグッと握り締めていた。
逃げようとはせずに、受け入れようと歯を食いしばっているのだろうか。
この状態から、彼女を振り切り、思い切り学生を叩くほど、
僕は乱れていない。
「大丈夫です、叩きはしません」
「本当ですか」
「相馬さん。こいつ、叩かれるのを待っているんですよ。
そういうやつは叩きません、手が汚れます」
アレンは、閉じていた目を開け、そして少し頬を膨らませた。
僕は相馬さんが離してくれた手を、そのまま下におろす。
こんなところで、熱血教師を気取っても仕方がない。
「汚れるだって……ひどい」
「話を聞かせてもらってくるから、待っていろ」
僕は、アレンのそばから一度離れ、少年課の木戸さんにつないでもらい、
状況の説明を受けることになった。
【11-1】
コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪
10 Apology 【謝罪】 【10-6】
【10-6】
コメント