12 Advance 【前進】 【12-4】

【12-4】


澤野さんと別れ、家までの道を歩く。

僕が住むのは、オートロックのマンション。

郵便受けをのぞくと、少し厚めの封筒が入っていた。

母からの手紙かとも思ったが、それにしては紙の質がいい。

表を見ると、そこには、話題の中心だった男の名前が、記されていた。



『東城大学 柿沼栄三郎教授 講演会』



柿沼の講演会の招待状。

どうしてこんなものが、うちに届くのだろう。

あいつにこのマンションの住所が、知られているはずはない……



……はずだけれど。



もしかしたら、相馬さんが教えたのだろうか。

内容などどうでもいいので、すぐにでも破り捨てたいところだったが、

共同で使う場所にゴミを散らかすわけにはいかず、

とりあえず封筒を持ち、鍵でロックを外す。

エレベーターが到着し、降りてくる人に軽く頭を下げた。

相手も僕に気付き、『こんばんは』と小さな会話が交わされる。

途中で止まることなく僕は上に向かい、玄関の鍵を開け、中に入った。


自動でつく灯りの下、リビングに置いたカッターで、封筒を切る。

中に入っていたのは、柿沼の著書が紹介されている紙と、

12月に『東城大学』の記念大ホールで行われる、講演会の招待状。



『可能性へのチャレンジ』



何がチャレンジだ。その可能性を潰し続けてきた本人が、

しれっと語るのかと思うと、吐き気がしそうになる。

こんなものに出席するかと招待状を破ろうとしたとき、1枚の小さな紙が、

床にはらりと落ちた。



『宇野、君に話がある』



この字は誰のものか、忘れるはずがなかった。

この字は、間違いなく柿沼のもの。

だとすると、これは人数集めに配られてわけではなく、

柿沼は、僕の今を知り、僕だとわかった上で、誘いをかけている。



澤野さんが話していた、富田さんの取材。

その動きに気付き、先に僕を止める気なのか。

それとも……



大切にしてきた相馬郁美を、僕が……



この腕に抱きしめたことを、知ったのだろうか。



あの悔しい出来事が起こってから、柿沼は全体像が見えないくらい大きくなり、

僕には全く届かない存在に変わったと、そう思ってきた。

ただ、あいつの大切にしている相馬郁美に近付き、

上がってくる熱を一気に冷ますことが出来たら、

ほんの少しの優越感が味わえるのではないかと思い、

『惨め』だと言われながらも、ここまで来た。



『宇野、君に話がある』



彼女から手を引いてくれというのか、それとも、昔の出来事を語るなというのか、

それとも……



部屋に暖房が入っていなかったからなのか、

それとも、あいつとの接点が確実に近付くからなのか、身震いがした。



僕は、もう、前を向いて歩くしかない。

何がいいとか悪いとか、そんなことではなくて……



「フッ……」



向こうの方から、アクションを起こしてくるなんて。

巨大な悪に、手を伸ばすことも出来ず、

このまま諦めて生きていくしかないと思っていた僕の人生。


『勝てる』とは思わない。

それでも、今、何か僕が……



あいつにとって、都合の悪いことをしていることは間違いない。



「あはは……」


ソファーに横になり、柿沼の文字をじっと見る。

文字一文字ずつが、どうみてもわからないくらい、紙を引きちぎる。



行くものかと思っていたけれど、気持ちを変えた。

何をあいつが言いだすのか、聞いてやる。

あのふてぶてしい顔が、どういう意味でもいい、ゆがむ瞬間を見てみたい。



僕は引きちぎった紙を全て灰皿の中に落とし、ライターで火をつけた。





「柿沼が!」

「声が大きいよ、尚吾」

「いや、あ、そうかごめん」


柿沼が講演会の招待状を送って来たという話を、

居酒屋で待ち合わせをした尚吾に、語る。

僕には僕なりの理解があるけれど、物事は1点からだけ見ていると、

死角に気付かず、落とし穴に落ちることもあるだろう。

尚吾はこの招待状をどう見るのか、それが聞いてみたかった。


「まぁ、相馬郁美という女のことであることは、間違いないだろうな。
だって、お前が今のマンションに住んでいることを、柿沼が知っているわけがないし」

「だろうな。僕もそう思う」


注文した小鉢をいくつか置くと、店員はすぐにそばを離れていく。

尚吾はそれを待った形で、体を少し前のめりにすると、僕の方へ近付いた。


「どうするんだよ、何かゆすってくるかもしれないぞ」

「ゆする?」

「そうだよ。相馬郁美とこれからも会うつもりなら、そうだな……
『ストレイジ』に何か仕掛けるとか」


尚吾はそういうと、『ストレイジ』の商売が出来なくなるのではと、心配し始める。

僕は、そんなことをするはずはないだろうと笑い、空になったグラスを横へ置いた。




【12-5】

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