14 Shout 【叫び】 【14-1】

14 Shout 【叫び】

【14-1】


『このまま、ここにいようかな……なんて』


静岡で、何があったのだろう。

さらに詳しく聞きたいところだけれど、あえて聞き流す。

僕は、それでも戻って来てくれてよかったと、そう返事をした。


「楽しかったのならいいけれど、せめて、連絡くらい欲しかったね、
僕としては……」


そう、連絡がなかったことで、色々なことが頭に浮かんだ。

柿沼に反対されて、姿を隠したのかとか、何か不都合なことが起きて、

休みを取ったのかとか……


「ごめんなさい」

「いやいや、いいよ。リフレッシュすることは、大切なことだし」

「……はい」


信号が赤から青に代わり、僕はまたスピードをあげる。

相馬さんは明日は天気になりそうですねと言いながら、流れていく景色に、

ずっと目を向けていた。





「わさび?」

「はい」


静岡の中でも伊豆方面が有名だというのは聞いたことがある。

相馬さんは袋を取り出し、中を開けてくれた。

スーパーなどでは並ばないくらい立派なわさびが、入っている。


「宇野先生、もうひとつのお仕事が野菜の苗の強度を計るってお話、
してくれましたよね」

「あ……うん」


『ストレイジ』での僕の仕事。

いつもなら、女性に研究のことや数字とデータだらけの仕事の話などしないのだけど、

相馬さんはいつも楽しそうに聞いてくれたため、よく話していた覚えがある。


「見せていただいた『わさび』農家の跡取りさんも、とっても研究熱心な方で、
水の硬度やミネラル成分のデータ、日照時間と成長の関係など、
本当に色々と工夫されていて……」


昔は長年の勘だとか、伝統だとかでやり遂げてきた仕事も、

今では、どんどんデータ化され、

農業もITをうまく取り入れることが、成功の可能性を広げていることは間違いない。


「あぁ……ここに宇野先生がいたら、色々と話が膨らむのかな……と思ったりして。
一人でにやけていました」

「にやけていた?」

「はい」


相馬さんが『わさび』農家に行ったことはわかったが、

どうしてなのかがわからなかった。


「どうして『わさび』農家へ? 知り合いの仕事とか?」


彼女は静岡に住んだことはあるが、地元の人ではないはず。

相馬さんは、付け合せのじゃがいもを一口の大きさにナイフで切ると、

それをひとつ口に入れた。

動かしていた口が止まり、視線が僕の方に戻る。


「宇野先生とは、逆かもしれません」

「逆?」

「はい。宇野先生、普段のお仕事がいつもデータや数字ばかりで、
人との関わりが懐かしくなったというようなこと、以前アレンに話されてましたよね」

「あ……うん」


そう、どうして塾へきたのかとアレンに聞かれ、咄嗟に考えて出した答え。


「アレンから、聞いたの?」

「はい。宇野先生の授業ではない日でも、アレンはよく宇野先生の話をしますから」


夏休みなどの講習日。定期授業しか担当していない僕が、関わらない時間。


「私は、毎日人の中で過ごしていたので、自然と一緒になれる、
そういう場所が、懐かしかったのかもしれません」


話をしている彼女の表情は、間違いなく満足そうなのに、

なぜだろう、僕はどんどん距離を開けられている気がしてしまう。

近付き始めた頃は、思っていたよりもわかりあえたと感じ、

こんなかみ合わない時間など、想像もしていなかったのに。


富田さんから、あんな話を聞いてしまったからだろうか、

それとも、彼女が僕に何も言わず、出かけていたことが気に入らないからだろうか、

それとも……



今更だけれど、この関係の意味に、疑問があるからだろうか。



「鼻にツーンときますからね、食べるときは気をつけて」

「うん……」


聞きたいことは、山ほどあったはずなのに、何一つ繰り出すことが出来ないまま、

僕は彼女を車に乗せる。

マンションまで送り届けるはずだったのに、

彼女は最寄り駅を通る頃、ここで下ろして欲しいと言い出した。


「どうして、こんなところで。あと少しだし、きちんと送るよ」

「いえ、いいんです。今日はこれから寄りたいとこがあるので」

「寄りたいところ? 何か買い物?」


食事をしながら向き合うよりも、肌が触れ合うような時間の中で、

色々聞いて見た方がいいと思っていた。

『もう少し……』と言われていた意味も、話してくれるのではないかと、

そう思い込んでいたのに。


「買い物ではなくて……」


彼女は、僕が部屋へ入ることを、許可するつもりがないのだろうか。


「ごめん、もう少し話ができるかと思っていたのだけれど」


男のエゴかもしれない。

でも、彼女も僕も素直になるためには、それが一番いいのではないかと、そう考えた。

困っているような彼女の表情に、柿沼のあの顔が浮かんでは消える。

あいつと直接会う前に、僕は『自信』が欲しくなる。


「誰か……」

「不動産屋に行くので」

「不動産?」


『不動産屋』に、どうして行くのだろう。

時間はすでに9時を過ぎている。


「10時まではお店を開けてくれているので……」

「相馬さん……」

「私、マンションを、売ることにしました」

「売る?」

「……はい」


あの分譲マンションを売るというのだろうか。

だとすると、彼女はどこに行くのだろう。




【14-2】

コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント