『柿沼研究室』
場所は当時と変わらない。
しかし……
「失礼します」
中はすっかり綺麗になっていた。
僕らが学生の頃は、もう少し研究者らしい部屋だった気がする。
沈み込みそうな深いソファーに、装飾など無駄だと思えるくらい豪華なテーブル。
ここはどこかの企業の社長室だと、錯覚しそうなくらいだった。
「柿沼教授はすぐにお見えになりますので、そのままお待ちください」
「はい」
秘書らしい女性が退室し、僕はひとりになった。
昔は壁にかかっていた時計も、今はデジタルだからなのか、音が全くしない。
静かな部屋にしばらく座っていると、カツカツと足音が聞こえだし、
1分も経たないうちに、扉が開かれた。
僕は立ち上がり、入ってきた人に対して、とりあえず頭を下げる。
そう、ただ下げるだけ。
「待たせて申し訳なかったな、君も忙しいだろうに」
「いえ、教授ほどではありません」
互いに挨拶だと見せかけ、嫌みをぶつけ合う。
気に入らないものに対する接し方は、昔と全く変わらない。
「忙しいには忙しいんだよ。色々とうるさいハエが、飛び回っていてね」
『ハエ』
それは僕のことだろうか。
それとも、富田さんのように真実を見抜こうとする人のことだろうか。
「ハエが飛び回るということは、
何か臭いのするものが、先生のお近くにあるのではないですか」
『臭い』
そう、つまりスキャンダル。
柿沼は僕の顔をチラリと見た後、生意気なことを言うやつだという目を向ける。
もう、何を言われても怖くなどない。
僕は、あの頃の学生ではないし、柿沼の顔色を伺わないとならないような、
研究者でもないのだから。
「臭いものか。いやいや、こうして世の中のためにと思い動いても、
どうも日本は出る杭は打たれそうになるからな。難しいものだ」
柿沼はデスクの引き出しから封筒を取り出すと、それを手に持ち、
僕と向かい合うように座った。
「互いに忙しいことは間違いない。無駄な話しはやめておこう。
核の部分だけ、話しをさせてもらう」
「はい」
そう、それで十分だ。
繕った表情など、長くは続かない。
「宇野、君の目的を聞きたい」
「……目的」
柿沼は、そう言いながら、封筒からパンフレットを取り出した。
それは、僕が尚吾に見せてもらった『SOU進学教室』のパンフレット。
「なぜ急に、ここへ君が向かったのかと聞いている」
なぜなのか……
それは、あなたが大切にしている女性が、ここにいると知ったから。
そう言いたくなるのをグッと押さえ、僕は『パンフレット』を軽く見る。
「どうしてと言うのはおかしいですね。僕は就職のひとつだと思い……」
「ウソをつくな」
ウソ……
「なぜウソだと言うのですか」
「君がここで稼ぐ必要など、全くないからだ」
柿沼は、僕が今『ストレイジ』と個人契約をしていることで、
同じ年のサラリーマンとは比べられない収入があるだろうと指摘する。
さらに、選んだ『青原南教室』が、
自宅と『ストレイジ』と接点がまるでない場所にあること、
それをしっかり付け足してくる。
僕は最後まで聞き続けた後、パンフレットを元に戻した。
「確かにおっしゃる通り、単純な距離を考えたら、別の教室がありました。
しかし、どうせ違う系統の仕事をするのなら、思い切り環境も変えてみたいと、
自分自身、冒険をしたつもりでしたが」
どこを選び入っていくのかは、僕の勝手。
柿沼はそうなのかと頷きながら、最後にふっと息を漏らす。
「冒険ねぇ……」
柿沼は、苦笑しながらそうつぶやいた。
「私への、嫌がらせのつもりか」
嫌がらせ……
「まどろっこしいことを言わなくていい。お前の目的は、相馬郁美だろう」
社会的地位など関係なく、年齢もここでは関係なく、
ただ男同士として、互いに向かい合っている。
「教授こそ、どういう意味ですか。相馬郁美さんは確かに事務員として、
塾にいらっしゃいますよ。僕も素敵な人なので、個人的に……」
柿沼は、封筒から数枚の写真を取り出すと、僕の目の前に放り投げた。
【14-4】
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14 Shout 【叫び】 【14-3】
【14-3】
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