15 Mirror 【ミラー】 【15-4】

【15-4】


それが今から11年前。

僕はまだ大学3年のこと。



「でも、母は、その時、用意されたマンションに暮らすことはしませんでした。
柿沼先生が、本当に姉に対して、事を起こしてくれたことを確認出来たら、
何もかもを受け入れる覚悟だったのだと思います」


女として、柿沼を受け入れる覚悟。

娘をどうしても助けたいという、母親の深い情。


「だとすると、お姉さんの手術を準備したのは、柿沼教授」

「……いえ、そこまで追い詰められている母の覚悟を知り、
『父のためなら』という思いで手をあげてくれた先生によって、
姉は18歳の時、日本では未承認だった薬を使い、手術と治療を受けました」


奈緒さんを柿沼に渡したくないという岩佐教授の思い。

そして、教授という立場で、決して踏み入れてはいけない場所に踏み入れたのは、

運命を背負い生まれてきた娘のため。




『相馬智美』さんの手術は、とりあえず成果を見せたのだが、

結局、1年後、亡くなったという。




「父の判断と行動に、母は感謝していたと思います。姉が長くないということは、
母もわかっていたことですし。それでも、何も出来ないまま姉をおくるより、
限界まで頑張ったという思いは、少なくとも持てたでしょうから」


僕も彼女も、一口もコーヒーに手をつけていなかった。

いや、話しの大きさと重さに、手が動かなかった。


「父は、関わった全ての人に迷惑がかからないようにと、治療データも何もかもを全て、
自分の手元に集めました。入院した病院の記録にさえ、残していないはずです」


未承認の薬だとわかっていて、治療をしていたとしたら、

医師たちも裁かれることになるのは、間違いない。


「家族全員が、姉のことばかりで……。その時、父自身が、病に冒されていたのに、
それを思いやる余裕も、私たちにはありませんでした」



10年前。



岩佐教授は、僕に大学院を強く勧めてくれた。

自分自身の商品価値を上げ、しかるべき企業に、堂々と入社しろと、

そう何度も言ってくれた。


「最後まで一緒に暮らすことのなかった父でしたが、私に残してくれたものが、
この智美のデータです。姉が確かにこの世に生きたこと、今は時代が早くて、
表に出せないけれど、これが数年後には当たり前の世の中になっていくからと、
何度も、何度も……」


自分には時間がないことをわかったうえで、僕や郁美さんに、

その先のことを託してくれたのだろう。




『宇野……この世の中を動かす人間になれ』




教授……



「その父の遺言なのです。もし、私がこのデータをどうするべきかと迷ったとき、
『宇野柾』という人を頼りなさいと……」



宇野柾……



「今は『東城大学の大学院生』だけれど、真面目でしっかりとした研究者だから。
きっと、何か力になってくれると」



岩佐教授……



「だから、母を亡くした2年前、私は『宇野柾』さんを探すつもりで、
東京へ出ようと決めました。いきなり大学に近付くのは難しいと思っていましたので、
まずは塾に入り、大学のことを知ろうと考えたのです。宇野先生もご存知でしょうが、
『SOU進学教室』には、色々な大学を出た方が、講師となってきてくれています。
だから、ここで仕事をしていれば『東城大学』の関係者の人も来るかもしれないし、
その中で、『宇野柾』さんと交流のある人が、来るかもしれないと、そう思い続けて」


塾の講師はみんな、もちろん大学卒業者だ。

確かに、何も知らない人たちより、近づけると思ったかもしれない。



こんな事情など、何一つ知らなかった僕は、

柿沼に対して、恨みをはらしたいという気持ちだけで、塾へ入り込んだ。



「まさか、宇野先生が直接、来てくださるとは思っていなくて。
初めてきてくださったときには、本当に驚きました」



彼女と初めて会った日。

教室の机を、丁寧に拭いていた。

きょとんとした顔で、僕のことを見ていたのは、こういう意味だった。

コンタクトがという理由をつけていたけれど、僕を見て驚いたからというのが、

本当のところ。


「私がカルテなどを持っていると知った柿沼教授から、
悪いようにはしないから渡して欲しいと、何度も言われました。
確かに、柿沼先生なら、業界の方とも親しいでしょうし、すぐに展開するかもしれません。でも、父は柿沼教授の助けを受けたくなくて、自ら法を犯したのです。
最後の最後、データを渡すことなど、決して望まないと思ったので」


柿沼は、僕が塾へ入り、彼女に近付いたことで、

おそらく、この過去の出来事を知ったと思っていたのだろう。

もしかしたら、岩佐教授が言い残したと、考えていたのかもしれない。

だからこそ、僕の評判を下げようと、彩夏のことを探り彼女に写真を見せた。

僕ではなく、自分を頼るようにと。


「柿沼教授は、宇野先生はこの事実を知っていて、
昔の話をマスコミに売りつけるつもりだと、そう言っていました。
『中央新聞社』の記者の方と、お店にいる写真も、見せられましたし」


富田さんと澤野さんといる写真だろう。


「お付き合いをしている女性がいて、
私のことなど、ただ利用しているだけだとも言われました。
だから、宇野先生のことを信用してはダメだと……」


柿沼に言われていると思うと、腹だたしいのは当たり前だったが、

でも、僕は全く違うのだと、胸を張ることが出来る人間ではない。



たくらみを持って、彼女に近付いたのは間違いないのだから……




【15-5】

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