15 Mirror 【ミラー】 【15-6】

【15-6】


「大学時代とは違って、今の柿沼教授には、僕ごときは近付くことすら出来ません。
そんな相手に、何かひとつでも、やり返すことは出来ないかと……」


身勝手な復讐のために、僕は罪のない人を巻き込んだ。


「あなたが僕に振り向いてくれたら、あいつが僕を認めるのではないかと、
そんな身勝手な思いで、あの塾へ入りました」


僕はアレンや俊太に、偉そうに語ることなど出来ない人間だった。

何が教師だ、何が勉強だ。

方程式は解けても、人としては最低のことしかしていない。


長い間続いていた会話が、そこでプツリと切れた。

何も言うことがないのだろう。

僕という人間の正体を知り、呆れてしまって……



冷めたコーヒーと、バターの香りがするワッフル。

変わらずにそこにあるもの。


「そうだったのですか」

「はい」


どういう頷きなのはわからないが、相馬さんは何度も何度も頷いた。

話しの一つ一つを、つなげているのだろうか。




岩佐教授……




「宇野先生。『中央新聞社』の方を、ご存知なのですか」

「……あ、はい。仕事先の仲間が、友人で」

「そうですか。それなら、その方で結構です。
宇野先生が信頼できると思われるのなら、どうかこれを渡してください」

「いや……相馬さん」

「話しはしっかりとわかりました。でも、柿沼教授の思うようには、
させたくないのです。それはわかっていただけますよね」


絶対に柿沼の名前を出さなかったという岩佐教授。

大学にいた頃、それほど強い思いを、感じたことはなかったが。

教授は教授なりに、思うところがあったのだろう。

仕事もプライベートも、実は張り合い続けてきた日々があったこと。



「……楽しかったです」



『楽しかった』



「柿沼教授から、宇野先生にはきちんとお付き合いをされている方がいて、
私とのことは、別のものだと、きっと、騙されていると……
そう、わかっているのに、私……」



相馬さんの言葉が詰まってしまう。



「どこかで現実が押し寄せることもわかっていたのに、それでも……。
宇野先生、あなたと過ごしていた日々が、私には、とても幸せな時間でした」



『幸せな時間』



「ただ、宇野先生が何かを知っているだろうと、私に問いかけてきたとき、
この時間は、ここで終わりにしないとならないのだと……そう思って」



『もう少し……待って』



あの言葉は、僕に全てを見せてくれるという意味ではなかった。

一人で耐え続けていた時間を、終わりにするために、

僕が、僕自身で、彼女を苦しめてしまった。

そして、これが『ゲーム』なのだと、知らせてしまった。



「本当に、楽しかったです」





そこから何分後だっただろう。

彼女が頭を深々と下げて、部屋を出て行こうとしたのは。


「相馬さん、待って」


とてもではないが、このまま大切なものを受け取ることなど出来ない。


「そこまで言うのなら、『中央新聞社』の富田さんに、一緒に会ってください」


これはやはり、相馬さん自身が富田さんに渡すものだろう。

澤野さんの知り合いであり、今まで何度か会って話をしてきた限りでは、

富田さんの取材方法や、方向は、僕達の思いとそう違っているようには見えなかった。

岩佐教授の影を知り、ドイツにまで飛び、確かな相手を捜し当てたこと。

僕が語りたくないと思ったことを、無理に聞きだすこともなかった。

そう、紳士的であり、客観的な目をしっかりと持っていた。


「富田さんは、岩佐教授がこの手術に関わっていただろうということに
気付いています。元々は、柿沼教授のことを探っていた中で、
ある事実に行き着いたのだと思いますが」


僕は、岩佐教授と親しくしていた『大平佳史』先生のいるドイツまで、

富田さんが取材に出かけたこと、先生からヒントめいたことを聞き、

真実を突き止めようとしていることなど、順番に語った。

相馬さんは、一つ一つの内容を、かみ締めるように頷き、意味を飲み込んでいく。


「柿沼と僕が、教授室で語った内容を録音したものを、相馬さん、
聞かされたと言いましたよね」

「……はい」

「僕が、『相馬智美』さんという名前を聞いたのは、富田さんからです。
それまでは本当に何も知らなくて、その瞬間、あなたと相馬智美さんに、
何かつながりがあるのではないかと、そう考えたくらいで……」


柿沼の前で口にしたのは、それを確認するため。


「僕が昔、柿沼に取り上げられた研究ノートのコピーとか、
富田さんは、きちんと自分で調べ上げ、事実を積み重ねています。
ですから、もし、この資料をお渡しするのであれば、一緒に会ってください」


岩佐先生や、お母さん、そして姉である智美さんの思いを世に送り出すのは、

僕ではなく、あなたでなければ……


「……僕と一緒は……嫌ですか」


偉そうなことを言っても、心に『真』のない人間だと知られてしまった以上、

一緒に行動するなど、嫌だと、言われるかもしれない。


「いえ……」


相馬さんはよろしくお願いしますと、僕に頭を下げ、

その日はそのまま部屋を出て行った。




【16-1】

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