16 Belief 【信念】 【16-1】

16 Belief 【信念】

【16-1】


残されたコーヒーカップ。

結局、彼女が口をつけて、飲むことはなかった。

冷め切ったコーヒーと、手作りのワッフルが、最初に置いた状態で残されている。



『私の父は……『東城大学教授 岩佐幸志』です』



僕は、あれほどお世話になった教授を、二度裏切ってしまった。

一度目は、研究を最後まで出来ずに、夢も未来も投げ捨てたこと。

そして二度目は……



複雑な事情の中でも、愛し続けてきただろう娘さんを、

知らなかったとはいえ、『ゲーム』の材料にしてしまったこと。



『宇野先生、あなたと過ごしていた日々が、私には、とても幸せな時間でした』



あまりにも切なく、あまりにも申し訳ないセリフだった。

彼女は結局、柿沼にも僕にも、振り回されたことになる。



この、とてつもなく重く深い罪を償う方法など、

この世のどこかにあるのだろうか。





「は? おい、柾。もう一度言ってくれ」

「だから、相馬郁美さんは、柿沼の愛人ではなくて、岩佐教授の娘さんだった」


相馬さんから、全てを聞いてから3日後、

僕は尚吾を家に呼び、この『ゲーム』によって、知りえた情報を語った。


「岩佐教授の娘……」

「うん」


尚吾にとっても、それは衝撃的な話だろう。

僕らは、岩佐教授は独身なのだと思っていたし、子供がない人だとも思っていた。

だからこそ、僕らのような若い研究者をかわいがり、未来を夢見せてくれるのだと、

そう信じ続けてきたのだから。


「柿沼は、その当時とは逆の組織と今、いいつながりを保っている。
だから、昔、反対側の会社に力を貸していたことを、知られたくなかったのだろう。
相馬さんが東京へ出てくることを知って、自分がうまい具合にしてやると言いながら、
データを渡せと、何度も交渉したらしい」

「交渉……そうだったのか」

「うん。彼女のマンションに通い続けて、なんとか口説こうとしたのだろう」


彼女のマンションに初めて入った日、外から来た人たちが止める駐車場や、

共通に使える部屋があることを教えてもらった。

そう、彼女は柿沼を部屋へ入れずに、あの場所を利用していたに違いない。

それに気付かなかった僕は、柿沼の演技に騙されて……


業界の人間も、何もわからないうちに、

柿沼は、データを自分の手の中に納めたかったのだろうが、

その事実を全く知らない、岩佐教授に近かった僕が、

急に彼女に近付き始めたのだから、内心、穏やかではなかっただろう。


「岩佐教授は、自分の体が思うようにならないってことも、知っていて、
郁美さんには何かがあったら、僕を頼るようにと、言い残していたらしい」



『宇野……』



せめて……僕がそのことを知っていたら。

彼女への接し方も、これほど醜い形にはならなかっただろうに。

今更何を思っても、何を後悔しても、どうしようもないけれど。



「柾」

「何?」

「それってさ、ものすごいことじゃないか。これ、新聞記者に話すなんてもったいない。
大金に化けるかもしれないぞ」

「は?」

「だってそうだろう。柿沼が必死に奪おうとしていたということは、
あいつにとってはアキレス腱になりかねない。
だとしたら、これをあいつに渡す条件を出せばさぁ……」

「尚吾」

「お前も、そう、その彼女もこれから役立てる金を、手に出来る。
なぁ、今からその彼女に話をして……」

「何を言っているんだ」


このデータで柿沼をゆするなんて、僕には出来ない。

このデータに記されている人も、岩佐教授にとっては、かけがえのない娘さん。


「そんなこと、出来るわけがないだろう。柿沼をゆすって金を得るだなんて、
彼女が持っているカルテに載っている人も、亡くなったとはいえ、
岩佐教授の娘さんなんだぞ、尚吾、お前」


同じ大学で学び、岩佐教授にも世話になった友として、

考えられないと言おうとした口は、言葉を出すことなく閉じてしまう。

そう、目の前にいる尚吾の顔が、『お前こそ正気か』という目で、

僕を睨んでいたからだ。


「柾……お前、彼女に近付くのは『ゲーム』だと言っただろ。
もし、彼女がお前に本気になって、柿沼と別れ話などすることになったら、
それを笑いながら、捨ててやるっていうのが、お前の考えていたことじゃないのかよ」


そう……

尚吾の言う通りなのだ。僕は、彼女を弄ぼうとしただけで、

今、岩佐教授の娘さんだという事実を知り、慌てているだけ。




いや……本当に気持ちを向けてしまった自分に気付き、

後悔という石を、頭にぶつけ続けているだけ。




「大学を離れてから、もう、手の届かない相手になった柿沼に、
もしかしたら、最大級のダメージを加えることが出来るかもしれないんだぞ。
あいつをひざまずかせて、謝罪させる事だって、出来るかもしれないんだ。
柾……俺、言っていることがおかしいか」

「尚吾……」

「お前だけじゃないんだ。あの柿沼に人生を狂わせられた人間は、
お前だけじゃない。こんな絶好の機会があるのに、それをみすみす薄っぺらい正義感で、
無駄にしていいのかよ」


そう、柿沼に人生を狂わせられたと思う人間は、僕だけではない。

あの当時、岩佐組に所属していた人たちは、多かれ少なかれ研究や就職の邪魔をされた。

僕はその場で何もいえないまま、ただ、尚吾の顔を見るだけになる。




【16-2】

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