16 Belief 【信念】 【16-4】

【16-4】


誰も傷つかない方法。

その言葉に、僕と澤野さんの視線が重なる。


「このデータは当時の記録としても、
また、病気を治すために戦っている人からしてみても、貴重なもので、
お金に変える方法が色々あると、教えてもらいましたが、
私にはそのつもりはありません」


資料を……いや、家族の記録を、お金に変えるつもりはない。

相馬さんの信念。

だからこそ、柿沼の巧みな言葉にも、首を振らなかったのだろう。


「あくまでも純粋に、病と闘った姉の記録を、
同じ病気で苦しむ人たちのお役に立てたいという思いだけです」

「……はい」

「ですので、その部分だけは」


亡くなった家族、岩佐教授だけでなく、現在医療関係の仕事についている人たち、

さらに柿沼のことまで、彼女は意識して話しているように思えた。

富田さんは頷きながら、私欲に左右されることはしませんと、宣言してくれる。


「ありがとうございます」


資料は、確かに富田さんにゆだねられた。

相馬さんは、大きな荷物を下ろせたという安心感なのか、

落ち着いていて、穏やかな笑顔を見せる。

そこからは食事をしながら、制約のない話が広がっていく。


「あぁ、そうなんですよね、意外に温度が難しくて」

「はい。いいかなと思って火にかけていると、あっという間に焦げていること、
ありませんか?」

「あります、あります」


女性同士、料理やお菓子作りの話題で盛り上がり、

澤野さんは長い間、友人関係にある富田さんが、

お菓子を作るなんて考えられないとからかってみせる。


「ひどいわね、澤野君くらいなのよ、私が何も出来ない女だと思っているのは。
これでも、取材とかのストレスが溜まるから、休みの時には外出しないで、
一日お菓子を作ることもあるんだからね」

「ほぉ……それはそれは」


リラックスできているからこそ、どうでもいい話題で盛り上がれる。

それなのに、この和やかな雰囲気に入り込めず、

4人の中で僕だけが、話すことが出来ずにいた。


「それでは、私、そろそろ……」

「あ……はい」


相馬さんは上着をバッグを手に持ち、座布団から立ち上がった。

富田さんもそれに合わせて立ち上がる。


「資料は、『中央新聞社』が責任を持って保管します。
きちんと取材が完了した段階で、あらためて……」

「いえ、持つべき方が、持ってくれたらそれで」

「大丈夫ですか」

「はい」


富田さんはそれならと頭を下げ、相馬さんを見送ろうと襖を開ける。


「おい、宇野。お前、何も言わなくていいのか」


澤野さんの言葉に、僕は慌てて二人を追いかける。

そう、このまま会えなくなるのだとしても、もう一度、最後に謝るべきだろう。

彼女は僕のために、慣れてきた生活を、全て捨ててしまうのだから。


「相馬さん」


僕が追いかけてきたことがわかり、富田さんは逆にその場を離れていった。

店の入り口に、相馬さんと僕だけが残る。


「はい」

「あの……」


申し訳ないとか、すみませんとか、そんな言葉を言っても、割に合わない。


「宇野先生のおかげで、新しく踏み出せます。本当に、ありがとうございました」


深々と下げられた頭に、僕も合わせて会釈する。

何かを言わなければならないのに、結局、何も言えないまま、ただ無言で……



『楽しかったです……』



出会ったきっかけは、確かに不純なものだったかもしれないが、

積み重ねてきた時間は、全てウソだったわけではない。

そう、こうして終わってしまったことで、よりそれが鮮明になる。



僕も……



あなたといる時間は、楽しいものだったのだから……



「相馬さん……」


最後にどうしてもと思い、店を飛び出したが、

相馬さんの姿はすでに町の景色に紛れ込んでしまい、

どちらを向いてみても、探し当てることが出来なかった。





その年の年末は、数年ぶりに実家へ戻ることにした。

何も知らない母は、ただ、息子の帰宅を喜び、精一杯の田舎料理で迎えてくれる。


「柾」

「何」

「ほら、三丁目の幸雄君、いただろ」

「あぁ、豆腐屋の?」

「そう。先月結婚したんだよ」

「ふーん」


30歳を越えたあたりから、急に同級生の結婚話が増え始めた。

元々、地元に残っていた人たちは、もう少し早く所帯を持った人が多かったが、

東京へ出て、それなりの仕事をしていた人たちも、

さすがに納まるところに収まり始めたのか、特に女の子たちは、

離婚してすでに実家へ子供と戻ってきたなんて話も、聞くことがあった。


「なんだよ、結婚でも勧める気?」

「ん? いや……あんたは無理じゃないかと思ってさ。
大学時代から研究ばっかりしていたし、今も、どこかに篭って仕事をしてるって、
前に言っていただろ」

「篭ってって……仕方がないだろう、データを調べるわけだし、
まだ、市場に出回る前のものだから、色々と秘密事項も多いんだ」

「だからさ、きっと、女の人と会ったって、気の利いた話もできないんだろうなと」


確かに、母が知っている僕という人間は、

人よりも生物や植物に興味を持っているようにしか思えないのだろう。

あの東京のマンションに来たのも、この8年で、数回しかない。


「遺伝子がどうのとか、苗の品種改良なんて、
女の子が聞いてもつまらないだろうって、姉さんにも言われたよ。
柾は、結婚が遅いだろうねって……」

「なんだよ、全く。いない人間の悪口を言うのは、どうかと思うよ。
そういう話だって、楽しそうに聞いてくれる人だって……」



また……



「いるかね、そんな人」

「いるかもしれない」

「あぁ、もう、ほら。結局、現実話じゃないでしょうが」


どこの家でもそうなのだろうが、母の小言がだんだんとうるさくなり、

僕は予定よりも1日早く、マンションへ戻ることにした。




【16-5】

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