17 Reproduction 【再生】 【17-6】

【17-6】


僕も上半身を起こし、彼女と視線の高さを合わせていく。


「どうしたんだよ、急に」

「だって……」



だって……



そう、今まで一度もそんなことを言ったことはなかった。

この部屋にいる時間だけ確保していれば、互いに満足していると、

そう思ってきたから。


「本当に、お休みに一緒にいていいの?」

「……嫌なの?」

「ううん……嫌じゃなくて、すごく嬉しいから」


彩夏が、少し照れくさそうにそう言うのを見ているうちに、

僕はもっと気持ちを寄せ合いたくなり、彼女の体を引き寄せる。


「ねぇ……それなら、旅行に行かない?」

「旅行? 1泊で?」

「うん……柾と美味しいものを食べて、たくさん一緒にいられる」


彩夏と旅行。

何度もこうして肌を合わせているのに、そういう時間を持ったことはない。


「どこに行く?」

「そうね……あまり遠いところだと移動で疲れるから、伊豆はどう?」

「伊豆?」




『わさびが盛んなんです……』




あの人の、いる場所……


「いや?」

「いや、いいよ」

「本当に? それなら私、行きたい旅館があるの。予約してもいい?」

「あぁ……」


あの人はもう、新しい生活に踏み出した。

長い間、囚われ続けてきた関係を全て清算し、自分のために前進している。


「ねぇ、柾」

「何」

「私、本当に捨てられるのかしら」

「……バカなことを、言うなって」


僕は、彩夏にそっと口付け、さらに深いキスをする。

彩夏は、それなら気持ちを見せて欲しいとばかりに、積極的に舌をからめ、

僕の手を、胸元へと導いていく。


もう……形にこだわるのはやめよう。

素直に思いを伝え合えば、きっと……



僕達にもその先が見えてくる。



彩夏の頭を支えながら、互いの身体をベッドへ向かわせる。

見つめ合うだけでは、時間がもったいないと、もう一度唇に触れ、

互いの手をからめていった。





桜のつぼみが膨らみ始めた3月の終わり、

『中央新聞社』の特集記事が発表され、予想以上の反響を呼んだ。

業界の後押しが大きいと、すぐに認可が下りる薬があることと、

求められているのに、動く人の数が少ないと、なぜか後回しにされていく薬。

本来、それによって利益をもたらされるのは、病気と闘う患者であるのに、

『特許』だとか、『権利』だとかに囚われているうちに、

目的が別の方向へ動き、社会との温度がが生じること。



『人には、順位などないのだ』



と、より一層、弱者への思いを持ち、行動してほしいという願いが、

最後に組み込まれたことで、誰かを否定するようなことにはならず、

相馬さんが求めていた通りのものになったと、僕は少しほっとする。


「って、結局、理想論だな」

「ん? なんだよ、不満そうだな、尚吾」

「不満というか……」


仕事を終えた後、いつもの居酒屋で尚吾と待ち合わせをし、

そのテーブルの真ん中に『中央新聞』を広げた。

尚吾は、これでは柿沼にダメージがないと、不満そうに口を尖らせる。


「あいつみたいにさ、人の弱みにつけこんで、金をゆすったり、
立場の弱い学生を仕切って、利益だけ奪い取る男がいるから、
こういったおかしな状態が続いていくわけだろ」


確かに、『ラボンヌ』の薬の認可を狙い、柿沼が金を要求していたことは事実だった。

さらにあいつは、親の思いを利用し、相馬奈緒さんまで自分のものにしようとした。

あれだけ癒着や、汚れたことが嫌いだった岩佐教授が巻き込まれたのも、

それを阻止するためであったことは、間違いない。


「でもさ、岩佐教授は後悔していなかったと思うんだ」


僕は、まだ教授が生きていたときに、この話を聞いたわけではない。

だから、本当は教授がどう思っていたのか、それを知ることは出来ないだろう。


「どうしてそう思うんだよ」

「相馬さんの話を聞きながら、それから、治療に関わった大平先生の話を聞きながら、
智美さんの治療と手術で、相馬さんと教授は、本当に家族となった充実感を、
持てたのではないかなと思うからさ」


遠慮し、敬遠したまま、智美さんがこの世を去っていたら、

誰もが後悔しながら、その後を送っただろう。



後悔……



誰でもあるものかもしれないが、今僕は……



「最後の姿が、どういうものなのか、結構重要だと思うから」



『楽しかったです』



償いようのない日々に対して、僕は今、何もすることが出来ない。



「最後の姿……か」

「うん」


柿沼のゆさぶりがなければ、家族が壁を乗り越えられなかった。

僕にはそんな気がしてならなかった。




【18-1】

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コメント

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どうなるの

毎日楽しみにしています。
でも、どうなるのが頭から離れません。
郁美は?
二人は?あれこれ考えながら、これからも読みますね。

遅くなって

ラウレさん、こんばんは
すみません、お返事遅れました。

>毎日楽しみにしています。
 でも、どうなるのが頭から離れません。

どうなるのと思ってもらえるのは、とっても嬉しいことです。
予想通りになるのか、予想とは違うものになるのか、
タイトルの意味なども考えながら、
お付き合いいただけたらいいなぁ……

コメント、ありがとうございました。