18 Aroma 【芳香】 【18-3】

【18-3】


泣きまねのつもりだろうか、あまりにも冗談だとわかっているので、

特にコメントをする気にもならないが。


「ほら、マヨネーズだろ」

「おぉ、そうそう」


いくら、親友と言える尚吾の頼みでも、こればかりは従うことなど出来ない。

なぜなら、今まで、互いの本能をぶつけ合う相手だと思っていた彩夏と、

僕は少しずつ前向きに関係を変えていこうと、努力をし始めた。


今までは、仕事の後、お酒を飲み、

そしてホテルに入るというパターンだけしか持つことをしなかったが、

互いの休みを合わせて、旅行をし、話をする時間を増やした。


3年……そう、それだけの時間続いてきたのだから、彼女を知っていけばきっと、

もっと近づけるとそう信じ、確かに、肌で感じるだけではないものを、

見るようになってきた気がする。





「あ……見て」

「うん」

「これ、かわいいでしょ」


彩夏はショーケースに並んでいた小さなピアスを手に取り、

鏡に映しながら、耳に当ててみる。

そばにいた店員が、これは本物の宝石で、なかなか出ないものだと、

彼女の気持ちを、さらに揺さぶった。

彩夏は、3つのピアスを候補にあげたようで、代わる代わる耳にあて、

どうしようかと悩んでいる。


「ねぇ……柾」

「何」

「ひとつは自分で買うから、一つ買って?」


彩夏はお願いしますというポーズを取り、僕にそう提案した。

今まで、誕生日だとかそういう記念日にも、祝いなどしたことがない。


「いいよ、気に入っているのなら、2つで」

「……本当?」


彩夏がそれで楽しいのなら、それでまた、笑顔になるのならと、

僕は会計を済ませ、かわいらしいリボンのついた箱を、彼女に手渡した。


「ありがとう」


その日も食事を外で済ませ、いつものカウンターがあるバーへ向かう。

互いに気に入ったお酒を注文し、飲み干していく。


「ねぇ……柾」

「何?」

「もう……出よう」


彩夏は、僕の右手に自分の左手を絡ませ、言葉に出せない要求を、そうぶつけてきた。

頬を赤らめ、つないだ左手を少し持ち上げると、

手の甲にキスをしながら少しだけ歯をあてる。


解き放ちたいものがあるのだと……

そう、本能が訴えかけていく。


「わかった……」


僕は彼女の手を一度離し、荷物を持つ。

そして、僕達はホテルの部屋を取るために、フロントへ向かった。





『とうもろこしの研究』

『遺伝子の研究』

『苗を、災害に強くするには……』



別に、こんな難しい話をしたいわけではない。

それでも、僕が何を考えていて、どんなことをしているのか、

彩夏が毎日何をしていて、どう過ごしているのか……

何気ない話を重ねながら、人は理解をしていくものではないだろうか。


感覚を共有するだけの関係から、互いの目を見て、語り合うことで、

自然と距離が近づき、生活の中に欠かせないものとなるのではないかと思っていたのに、

僕と彩夏の状態は、なかなか変化を見せていない。


むしろ、時間を作ったぶん、進まなかったことに対する不満ばかりが積み重なる。

以前、仕事帰りに会っていたときのほうが、

そう、短い時間を大事にしていた時の方が、互いの状態を語っていた時間が

あった気がする。

今は、そばにいるから、いつでも会えるようになったから、



それが逆に、『無』の状態を、長くしている気がして……



身体を限界まで密着させても、心がどこか離れているような、

そんな複雑な気持ちを抱えながら、僕は彩夏を抱きしめ続けた。





季節はさらに進み、梅雨がやってきた。

こういう日は、どこにも行きたくなくなる。

パソコンに届く、各店舗のデータを見ながら、優先順位をつけた。

コーヒーでも飲もうかと、椅子から立ち上がり、どんよりと分厚い雲を巡らせた空を、

一度だけ見上げてみる。

この雲の向こうに、輝かしい太陽があるということも信じられなくなるくらい、

数日雨が続くと、本当に心が重くなるものだ。

3800番台をつけた『ストレイジ』の新種の苗は、きちんとこの雨に耐えているだろうか。

データ的には間違っていなくても、自然というものは図りきれないものを持っている。

テーブルの上に置いた携帯が揺れていたため、すぐに開いてみると、

相手は、しばらく趣味に没頭していた澤野さんからだった。




【18-4】

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