19 Silence 【沈黙】 【19-3】

【19-3】


頬かむりを取り、しわの多い顔をゆがめ、

かけていたメガネを軽く動かし、僕の顔を見る。


「あ……すみません、あの……」

「あなた会社の人? それとも、学校の人?」

「……学校?」


『学校』とはどういうことだろう。


「いえ、僕は……」


その女性の手に握られていた袋に、見覚えがあった。

そう、確か相馬さんがわさびをお土産にくれたとき、この若草色の紙袋に入っていた。

彼女は、ここにいるのだろうか。


「あの……ここではお土産に僕が買うことも出来ますか」

「土産? あぁ、はい、はい、出来ますよ」


最初は正体がわからないので、怪訝そうな顔をした女性も、

僕が客だとわかったからなのか、表情が優しいものに変わった。


「どんなものがいいですか。本わさび? それとも、わさび漬けとか、加工品?」

「あ……」


そんなに種類があるのか。何も考えていなかった。


「どんな人にあげます? 年配さんならわさび漬けなんかもいいけれど、
そうそう、今度、東京の会社と契約したら、
ここにおしゃれな化粧品が並ぶかもしれません」


田舎の愛想のいいおばちゃんなのだろう。

今までは、こんなものしかないけれど、これからセンスのいいものが、

あれこれ並ぶのだと、まだ出来てもいない商品を、自慢する。


「『ヴィーナ』の商品ですか」

「……おや……ご存知ですか」

「実は、『ヴィーナ』のホームページでここのことを知りました」

「おや、まぁ、そうですか」


『自然志向』という言葉を使い、その女性は、これからわさびは、

たださしみの横に並んでいるものという添え物ではなくなりますよと、

楽しそうに話しだす。


「もう、長くこちらに働いていらっしゃるんですか」

「は? あぁ、そうですね。かれこれ10年ちょっと」

「そうですか」


結局、そのおばさんの言うとおり、加工品と本わさび、両方をお土産として購入する。


「あの……ひとつ伺ってもいいですか」

「はいはい」


得たいの知れない人物ではなく、気前よくお土産を購入した男なので、

僕の質問に、答えてくれるだろうか。


「ここに、相馬さんという女性はいらっしゃいますか」



『相馬郁美』



僕は当然、その名前を頭に浮かべて問いかけた。

お土産にくれたわさびの袋が、同じものだったから。

もしかしての思いが、さらに膨らんでいく。


「……あんたも……なの?」


それまで明るく笑っていた女性の表情が、また一気に暗くなった。

『あんたも』とはどういう意味だろう。

彼女を訪ねてきた人が、僕以外にもいたということだろうか。



『柿沼栄三郎』



また、あの男の顔が浮かぶ。


「奈緒さんはもう、亡くなりましたよ」


奈緒……

相馬さんのお母さんの名前。


「あなたも、お金のことだろうけれど、もう数年前に亡くなってしまっていますから、
申し訳ないですけどお帰りくださいな」



『お金』



「あの……」


この家と、相馬さんの母親には何かがあった。

彼女がマンションを売って、お金を用意しようとしたことに、

関係があるのだろうか。


「いえ、違います。僕が尋ねているのは、奈緒さんではなくて、
その娘さんの相馬郁美さんですが」

「郁美?」

「はい。相馬奈緒さんの娘です」


長い間、この場所に勤めていると話していた人なのに、

彼女のことを知らないのだろうか。


「郁美……そういえば、いたねぇ、娘さんが。あの子郁美だったかな」

「奈緒さんには双子の娘がいたはずです」

「ふた……あぁ、そうそう、そうなんだよ。それで……」


その女性は、病気がちの娘のために、あれこれ民間療法を試していた奈緒さんが、

借金をこしらえていたという話しを、披露し始めた。

やはりそうだった。彼女も少し話してくれていたけれど、

静岡にいたときに、出来た借金。

その返済にマンションを充てたのだろうか。


「あの……それで」

「シーッ!」


女性は、メガネをもう一度直し、外していた頬かむりを、またしっかりと被った。

話しかけようとする僕に、いきなり背を向ける。


「これ、代金置いてもう帰ってくださいな、話しはおしまいだ」

「エ……いや、あの……」

「帰ってちょうだいな。これ以上話をしていると、私に雷が落ちるもんでね」


その女性は、見えないように指を動かした。

僕は少し横を向く。

自転車に乗る女性が一人、こちらに向かってくる。


「ハル江さんの前で、話しは出来ないから。もう……」


ブレーキの音が聞こえ、僕の横に自転車が止まった。

背筋がピンと立った、しっかりものの女性が一人、軽く頭を下げてくれる。


「お客さんですか」

「あぁ、はいはい。今、お会計です」


頬かむりの女性は、僕から代金を受け取ると、素早く袋に入れた。




【19-4】

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