19 Silence 【沈黙】 【19-4】

【19-4】


清田ハル江さんと思える人は、僕の顔をしっかり見た後、

そのまま奥の作業場へ向かおうとする。


「あの……」


何かあるのかもしれないが、それを知った以上、このまま引き返すわけにはいかない。

頬かむりの女性の制止を無視し、僕はハル江さんに声をかけた。


「何ですか」

「こちらに、相馬郁美さんはいらっしゃいますか」


尋ねているけれど、実はわかっている。

きっと、この『わさび田』に彼女は関係があるのだろう。

なぜ僕が来るのか、今さらなんなのかと思われてもいい。

どうしても確かめたい。


「相馬郁美さんです」



『あなたは今、幸せだと言えないのではないか……』



「そんな人は、うちにおりません」

「あの……相馬奈緒さんの」

「おりませんので、お帰りください」


清田ハル江さんは、そう強く言い切ると、作業場の扉を開け、ぴしゃりと閉めた。


「お客さん……」


頬かむりの女性が、そう言ったとき、作業場の扉が開く。


「安居さん、お願いしていた袋詰め、終わっていないので、来てください」

「あ……はい」

「すぐに!」


頬かむりの女性は、安居さんという女性だった。

おそらく、彼女が僕に余計なことを話すことを警戒しているのだろう。

お土産の袋を差しだし、安居さんは慌てて作業場に入った。



『相馬郁美』



彼女がこの場所にいるのかいないのか、ハッキリわからないけれど、

相馬家と、この清田家に、何かつながりがあることは間違いない。

しかも、『借金』という不のつながり。



『幸せな時間でした……』



僕に騙されていたときよりも、彼女は……



深い闇の中に、身を投じてしまったのではないか。



僕は携帯を開き、『相馬郁美』の番号を呼び出していく。

恥じも何もない。このままでは気持ちが落ち着かない。



『現在、この電話番号は使われておりません』



やはりそうだった。

智美さんのカルテ同様、全てを切り捨てて行く覚悟だったのだろう。

僕は土産物の袋を握り締めたまま、それ以上の進展を見ることなく、

東京に戻ることになった。





「伊豆へ行ったのか」

「はい」


それから3日後、『ストレイジ』で、僕は澤野さんに伊豆での出来事を話した。


「澤野さん、富田さんから相馬さんのお母さんが借金をしていた話、
聞いていましたよね」

「あぁ……うん」

「僕、あれから調べたんです。彼女が東京を離れる前に、持っていた分譲マンションを、
慌てて処分しようとしていたことを、知っていたので」

「うん」

「岩佐教授が、相馬さんたちに買っていたものだそうです。
お姉さんの具合が悪くなって、静岡に行く前に、3人で住んでいて、
で、彼女が東京へ出てきてから、一人で住んでいて……」

「じゃぁ、売却金を返済に?」

「おそらくそうだと思います」


僕は、『ヴィーナ』のホームページに出ていた清田さんのわさび田。

その写真をプリントした紙を、澤野さんに渡す。


「柿沼の行動と、『ヴィーナ』とのつながり。もしかしたらという思いで、
伊豆に行ってみたら、ビンゴでした」

「会えたのか、彼女に」

「いえ……知らないと言われました。でも、あれは知らないのではなくて、
教えたくなかったのだと」

「教えたくない? どういうことだ」


そう、あれは知っていて、教えてくれなかった。

その瞬間は、怒りの拒絶だけだと思ったけれど、そうではない。

彼女は、なんらかの理由で、あの家の中にいるのではないだろうか。


「わさび田で、相馬という名字を出したら、長く勤めている女性が、
奈緒さんの借金取りだと、僕のことを勘違いしたんです」


借金した本人が亡くなっていたら、

保証人でもない限り、娘だからといって背負わされることはないはずだけれど、

郁美さんは、相馬家唯一の生き残り。

彼女の性格から言っても、そのまま無視することが出来ずに、

母親の借金返済のために、岩佐教授が買ったマンションを手放したのだろう。




【19-5】

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