19 Silence 【沈黙】 【19-6】

【19-6】


「はぁ……うまいね、やっぱり」


尚吾はビールとチューハイを数本持って来てくれたので、

最初はそれで乾杯をした。つまみは冷蔵庫に入っていたものを出し、

適当に並べていく。


「なんだかさ、チーフっていう名前がついただけで、
やっていることは変わらないはずなのに、あちこち行かされることが増えて、
まぁ、疲れる、疲れる」

「やっていることは変わらなくても、地位が変わったんだ。
それは気もつかうだろう」

「そうそう、いやだねぇ……サラリーマン。柾がうらやましいよ」


尚吾はそういうと、生ハムにチーズを巻き、口に入れた。

僕は、そこら辺で拭かないでくれと言いながら、布巾を投げてやる。


「まぁ、柾にも色々とあるんだろうけどさ」


尚吾はそういうと、バッグを開けて、土産だと袋を出してくれた。

銀色の保冷が出来る袋。


「仙台と言えば、笹かま」



『笹かま』

『おすそわけです』



また……

思い出してしまう。



「前に、お前から分けてもらっただろ、この店。空港に入っていたんだ。
で、見つけてさ……」


こういうものと一緒に日本酒を飲むと、うまいですよと笑った。

彼女は飲めませんからと、そう言って……


「うん、やっぱりうまい。他の店とは……」

「……尚吾」

「何だよ」

「彼女さ……」

「彼女?」

「相馬さん」

「あぁ……」



『幸せな時間でした……』



「今、『伊豆』にいるみたいなんだ。『わさび田』を持つ農家で、
働いているんじゃないかと、思っているんだけど」

「……なんだよ、その、不確定な情報は」

「会わせてもらえなくてさ」



『知りません』



「は?」


尚吾は何を言っているんだという表情で、僕を見た。

そんなにおかしなことを、言っただろうか。


「お前、会いに行ったのか」


僕は、この間澤野さんに話したことを、尚吾にも同じように話してみた。

柿沼の露出が減っているのは、妻が経営している化粧品会社の仕事に、

力を入れ始めているからということ。

そこに縁がある『わさび田』に、相馬さんが何かしら関係があること。

彼女の母親が亡くなる前に、姉の治療費用など、借金をしていたこと。

おそらく、柿沼は、そのことを知っていて、相馬さんをゆすったのではないかという……



ここだけは、完全に僕の組み立てた予想だけれど。



「柾……」

「僕にさえ会わなければ。お姉さんのカルテを柿沼に渡していたら、
借金のことはなくなっていたかもしれない」


もしかしたら、柿沼の思うままに行動しなかった恨みがそこに重なり、

彼女は予想以上に苦労しているのかもしれない。


「柾……」

「尚吾……」

「お前、どうしたいんだ」


どうしたい……

僕はどうしたいのだろう。


「彼女に会って、話を聞いて、その渦の中に自分も入ろうと思っているのか」


渦の中……


「お前、冷静にものを考えろ。申し訳ないという気持ちが、
岩佐教授の娘さんだという事実に重なって、責任を感じているのか?」


責任、感じていないといえばウソになるけれど。


「いくらの借金だか知らないけどさ、分譲のマンションだろ。
それを売却したのだから、払えないようなことはないはずだ。
商売でもやって失敗したのならともかく、個人が借りられる金額なんて、
たかが知れている。お前、自分のやってきたことの後ろめたさに、
わからない事実を、自分で曲げているんじゃないのか」


わからない事実。


「今の時代、捉えられて自由がきかないなんてこと、逆に信じがたいよ。
どういう理由なのかはわからないけれど、彼女自身で、選んでいることだろう」


尚吾の意見も、澤野さんと変わらない。


「……だろうけど」

「もう切り替えろって」

「尚吾……」

「お前の気持ちを晴らそうとすると、結局、柿沼と向かい合わないとならないんだぞ。
まだ、あいつの顔を、見たいのか」



『柿沼栄三郎』



切っても切れない、不の鎖。


「忘れていくことも、彼女のためだって」


誰に話しをしても、結局、僕の心は道しるべを見つけられず、

暗闇の中をさまようだけだった。




【20-1】

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