20 Meaning 【意味】 【20-6】

【20-6】

「親のことだから知りませんって、それが出来なかったのでしょう。
清田さんのところに出かけて、支払いを申し出たって」


やはり、お母さんの借金が原因だった。

智美さんのためにいいからと、静岡に母と娘が揃って来た頃のこと。


「亡くなったお姉さんの治療費ですか」

「あ……あぁ、やっぱりそうですか。あなたですか」



あなた……



奥さんは、僕のことを一度指で差すと、ごめんなさいと謝ってくれた。

僕は、そんなことは構いませんからと、軽く手を振ってみせる。


「麻奈が言ってましたから。郁美ちゃんは、東京に好きな人がいたんだよって」




東京に、好きな人……




「急に東京から戻るって聞いたでしょ。だから、恋愛のこじれなのかねって、
娘と話をしていたんです。ほら、ほら見なさいよ、言ったでしょ」


奥さんは、後ろに座るご主人に向かって、娘の話を聞いてやらないからだと、

あれこれ言い出した。



恋愛のこじれ……

彼女が東京に出てきた理由も、彼女が東京から離れなければならなかった理由も、

この僕にある。


「そうなんですよ。だから、後妻の話は一度断ったって聞いて、
私は、まだ郁美ちゃんはその人を忘れていないんだよねって、娘と……」



『楽しかったです……』



「後妻……」

「おい、信子。お前、そんなに色々と話していいのか」


『後妻』という言葉に、疑問を投げかけようとしたが、

勢いのいい夫婦の会話に、ちぎられてしまう。

とにかく、今は奥さんの話を全て聞いたほうがいいかもしれない。


「いいですよ。私、ハル江さんには納得がいかないですもの。
そりゃ、嫁の立場として、従業員が義理の母親からかわいがられていたのは、
気に入らないのかもしれませんけど、
ちょっと東京の会社が美味しい話を持って来てくれたからといって、
急に地元に手のひら返さなくたって」


信子さんは、よほど清田さんの家に不満があるのだろう。

僕の目の前に座り、事情を細かく説明してくれる。

『後妻』だの『美味しい話』だの、予想外の言葉が、どんどん飛び出していく。


「あなたもご存知なのでしょう。亡くなった智美さんのことは」

「はい……一応」

「でしょう。難しい病気の治療に、いいものがあると聞けば、試してみたくなって、
色々とお金が必要だったんですよ。清田さんの亡くなったおばあちゃんがね、
自分にも幼い頃、病気で亡くした弟がいたのでって、
奈緒さんに、色々と援助してあげていてさぁ……」


清田家の亡くなったおばあさん。

つまり、ハル江さんにとっては姑になる人が、従業員として働いていた郁美さんの母親、

奈緒さんの抱えている事情を知り、個人的にお金を貸してあげていたという。


「それでもね、ハル江さんは自分が車の運転が出来ないからって、
しょっちゅう奈緒さんを呼び出して、おばあちゃんを病院まで連れて行かせて。
それが平日だけじゃないんですよ、休日も、夜だって何度も……」


車の運転が出来た、奈緒さんは、しょっちゅう清田のおばあちゃんを連れ出し、

色々と面倒見ていたのだと、奥さんは語り続けた。


「智美ちゃんにいいところは、おばあちゃんにもいいだろうって、
ピクニックみたいなものに誘ったり、本当によく見ていたんですよ。
だからおばあちゃんも、従業員だけれど、奈緒さんをかわいがって、
娘たちをかわいがってね……」


空気のいい場所へ連れ出し、なんとか娘の容態をよい方向へ向かわせようとした母親。


「ハル江さんは、借金のことを何も知らなくて。
おばあちゃんが死んでから、その話を知ったんですよ。
どうでもいいメモ紙に残されていた借用書? それを持って、
東京に行ってしまった郁美ちゃんを探して、娘なら返せと怒鳴ったらしい」


当時高校生だった郁美さんには、

母親が借金をしてまで姉の治療をしていたことなど、わからなかった。

だから、岩佐教授の遺言通り、僕に会うため東京に向かうときも、

清田の家に何も挨拶などしなかったのだろう。


「なんだか、偉い先生が間に入って、とりあえず納めてくれて……」



偉い先生。

まさか……


「あの、その人の名前は『柿沼』という男ですか」

「……かき……あ、そうそう、柿沼って言っていたね、ねぇ、お父さん。
どこかの大学教授だって」

「俺は知らないぞ、お前、一人でベラベラと」


ご主人はすっかりへそを曲げてしまったのか、自分にも麦茶を入れて、

新聞を読みながら飲み始める。



『柿沼栄三郎』



また、あいつの名前。


「いいんですよ。私、ずっと誰かに話したかったんですから。
郁美ちゃんを訪ねて、あなたが来てくれたのなら、ここで語らないといつ語るのよ」


大変な状況を抱えた人たちを、助けたいと思った清田のおばあさんと、

その人から借りたお金だっただけに、どうしても返したいと思っている郁美さん。

そんな状態なら、彼女の性格を思えば、法律上のことだけを持ち出して、

知らないふりは出来ないはずだ。

奥さんは、ハル江さんがお金に目がくらんでおかしくなっていると、

強い口調で言いきった。


「私は言ったの。おばあちゃんは奈緒さんたちの身の上を知り、お金を貸していたし、
郁美ちゃんが申し訳ないと謝って、お金を返してきたのだから、それでいいでしょって」


お金は、あのマンションを売ったもので支払ったのだろう。

だから、彼女は多少条件が悪くても、早く売りたかった。


あの頃……

何かひとつでも、僕が彼女の状況に、気付いていれば……



『騙している』

その僕に、何も言えないまま、誰も責めることなく東京を去った彼女の思い。

僕は、申し訳なさと、事実の辛さに、言葉が出なかった。




【21-1】

コメント、拍手、ランクポチなど、
みなさんの参加をお待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント